●現実的になるべき？大統領令の重みは？

シズカ…これまでどのくらい大統領令は出されていたのでしょう。
渡辺…８年務めた歴代の大統領で見ると、ロナルド・レーガンが３８１回、ビル・クリントンが３６４回、ジョージ・Ｗ・ブッシュが２９１回、そしてオバマが２７６回になります。おおよそですが、２、３００は出しているんですね。
トオル…想像より遥かに多い数字でした。
渡辺…政党をまたぐような政権交代があったときに出されるのもひとつの特徴ですね。選挙戦は変化を掲げて戦うわけですから、勝利した際に、象徴的な「変化」として大統領令に署名する、これはよくある話です。
シズカ…なるほど。
渡辺…例えば、人工妊娠中絶を支援するＮＧＯに対して、アメリカ政府はお金を出さないという大統領令があるんですけど、これは最初にレーガンが出しました。そのあとビル・クリントンがひっくりかえす大統領令を出し、ジョージ・Ｗ・ブッシュがそれをまたひっくりかえす大統領令を出し、その後、オバマがさらにまたひっくりかえす……トランプさんも、そう遠くないうちにひっくりかえすと思います。

【第３回：「トランプ・アメリカ」最悪のシナリオと最高のシナリオは？】

シズカ…結局、今がどっちなのか混乱してしまうわ……。
渡辺…はははは。こういうことはあるので、大統領令を出すこと自体は、驚くことはないんですけ。ただ、大統領になれば少し現実的なところに落としどころを見つけるものなのですが。「メキシコの壁建設」にしても「ＴＰＰ離脱」にしても「オバマケア」にしてもね、もう少し聞く耳を持つんじゃないかと思っていたんですが……。
シズカ…それほど決意が固いということなんですね。
渡辺…そうですね。
トオル…各論になってしまいますが、ＴＰＰ離脱は既定路線になってしまいますよね。
渡辺…そうでしょうね。
トオル…オバマケアは。
渡辺…これは厳密に言うと「見直しを指示した」という形です。実際に廃案にするには議会の承認が必要です。１００人中６０人の賛成というのは現実的には難しいので、完全な廃案はできないと思いますけれど、かなり骨抜きにすることはできますよね。
シズカ…衝撃的だったのは「メキシコの壁」でした。さすがにこんなに早く行動に移そうとするとは思わなかったので。
渡辺…これこそ、冒頭にお話しをした「今のアメリカは国際関係において寛大な犠牲者になっている」という感覚の最たる例ですね。トランプさんにとって最も象徴的なものが、メキシコと中国だと思うんです。特にメキシコに対しては、不法移民がやってきていて、なおかつＮＡＦＴＡ（ナフタ）という貿易協定によって不当な競争を強いられているという認識がある。それを防御するんだ、と。
シズカ…壁というのは有効な手段なんでしょうか。
渡辺…トランプさんはメキシコからの製品に２０％の関税をかけることで、壁の資金にすると言っていますが、実際に関税を認めるのは議会ですから、まずは議会が認めるかどうかですよね。これにはいろいろな問題があって、そもそもアメリカはまだＮＡＦＴＡに批准しているわけですから、いきなり２０％をかけるなんてことはできない。それにメキシコにはアメリカの企業もたくさん進出していますから、アメリカの企業も迷惑をこうむる可能性がある。あとは実際に作れるのかという点。３０００キロ以上もある、山あり谷あり、川ありというようなところに壁を作るというのは技術的にも難しいし、私有地もたくさんあるわけですから、その土地を取り上げるということは簡単な話ではないでしょうね。
トオル…でもあれだけ強硬な態度に出ているので、本気のようにも見えます。
渡辺…公約の目玉でしたから、とりあえず方向性だけは示していこうということなんでしょうね。
シズカ…大統領令を取り下げることもできるんですか。
渡辺…もちろんできます。ただし、撤回なんてことになれば見栄えが良くないですよね。だから、細かい議論は議会に投げてしまって、そこで具体的な話にはならず形骸化させるという手のほうが多いのではないでしょうか。