金正恩は幸せなのか? 『国家』から読み解く独裁者と正義 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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金正恩は幸せなのか? 『国家』から読み解く独裁者と正義

プラトンの正義から考える現代の独裁者の危険性

■正義に従って生きる人は幸せではない?

『民主制であっても独裁制であっても、支配者は力によって自分たちの利益を追求する。そこでは力を持つ支配者の利益が正しいこととなる。支配者は、不正をしてでも自分たちの利益を得ようとするだろう。何故なら、正しい人間と不正な人間が共同で事業をすれば、いつも決まって正しい人間が損をして不正な人間がより大きな利益を得るからだ。支配者が完全な力を持ち、不正が不正として非難されないほどの存在となれば、その国では最も不正を犯す人ほど幸せになり、正しく生きる人ほど惨めな目に合わされるだろう。』

 だとすると、正義に従った生き方は利益にならないため正しいことにはならないばかりか不幸な生き方であり、力ずくでも不正を行って利益を得るほうが正しく幸福な生き方となるのではないか。
 また、グラウコンという登場人物は、「ギュゲスの指環」というおとぎ話を例に出しながら次のような主張をする。

『その昔、ギュゲスという名の羊飼いが居た。ある日、ギュゲスが野原で羊を放牧していると、大雨と地震によって大地に大きな地割れが生じた。ギュゲスが地割れの中をのぞきこむと、洞窟があり、黄金の指環を指にはめた人間の遺体が安置されていた。
 ギュゲスは指環を持ち帰り、仲間たちとの集まりの時に指にはめて見せびらかしていた。ふと、ギュゲスが指にはめた指環を回転させると、突然ギュゲスの姿が仲間から見えなくなってしまった。ギュゲスが持ち帰ったのは、透明人間になれる不思議な力を秘めた指環だったのだ。
 その力を手に入れたギュゲスは、早速透明人間となって国王の城に忍び込み、王妃と共謀して国王を殺害し、王権を我がものとした。』

 このように、もしある日突然に「透明人間になれる力」を手に入れたとしたら、それまでどれほど正しく生きてきた人でも、やりたいことを好き放題にやってしまうのではないだろうか。
 もし、市場で勝手に物を盗んでも、憎んでいる人を殺しても、誰にもバレずに咎められることがないのであれば、どんなに真面目な人でも自分の思いままのことを行うだろう。人々がそうしないのは、不正がバレて罰を受けたり批判されたりしたくないからだ。つまり、人々は嫌々ながら正義に従っているだけなのである。ということは、正義とは人々の利益を損なう正しくないものだと言えるし、正義に従って生真面目に正しい生き方をしている人は幸せとは言えないのではないか。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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