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金正恩は幸せなのか? 『国家』から読み解く独裁者と正義

プラトンの正義から考える現代の独裁者の危険性

■ソクラテスの反論 

 このように、トラシュマコスとグラウコンは「正義はそれ自体で正しいものとは言えず、正しく生きる人は幸福な人ではない」と主張した。それに対して対話篇の主人公であるソクラテスは、次のような長い議論によって応答する。

『正義は正しいのか、正しく生きる人は幸せなのかという問題を考えるために、そもそも正義とはどのようなものなのか、正しい生き方とはどのような生き方なのかを考える必要がある。そこで、まずは国家における正義について考えてみよう。
 人間は一人では生きられないから、何人かで集まって力を合わせて生きていかなければならない。そこで、小さな国家が生まれるだろう。最も小さな国家に必要とされるのは、生きるために不可欠な食糧を生産する人、衣服を生産する人、住居を生産する人の三人に、その他の身の回りの物を作る人を一人か二人加えて、四人から五人ほどである。
 人間にはそれぞれ生まれ持った得意不得意があるから、その最小の国家では、それぞれの人がいろいろな作業をやるのではなく、それぞれの得意分野ごとに集中して取り組んだほうが、より良いものをたくさん作れるようになるだろう。
 やがて国家が大きくなれば、国を守るための戦士、国を治める統治者、商売をして国を富ませる商人も必要となる。しかし、どれほど国家の構成員が多くなろうとも、それぞれの人が自分の得意分野に集中したほうが、国家により良い状態を生み出せることには変わりない。反対に、自分の不得意な分野に手を出そうとする人が多ければ多いほど、国家の秩序は乱れてしまう。』

 つまり、「それぞれの人が自分のことだけをして余計なことに手出しをしない」ということこそが正義だと、ソクラテスは主張する。 
 国家の中には大きく分けて、金儲けをする商人たち、戦士として国を守る人たち、統治者として国を収める人たちという三つの種族がある。秩序が取れている国家では、それぞれの者が自分たちの仕事に専念し、他の人の仕事に手出しをしていない。反対に、金儲けを主な仕事とする人が国の統治を行おうとしたり、統治者が金儲けをしようとすることで、国家の秩序が乱れることとなる。
 理想的な統治者とは、理性的に思考し、戦士たちの蛮勇を節度ある勇気に、商人たちの欲望を節制に抑えることができる人物である。そのために最も求められる人物像とは、理性的な思考によって、真・善・美を知ることができるような「哲学者」である。哲学者の王、すなわち「哲人王」の統治によって、国家は最も理想的に秩序を保てるようになるだろう。

 哲人王も一人で国家を統治するという点では独裁者ではあるが、普通の独裁者や王と違い、一切の財産所有を禁じられるなど、様々な制約が課せられる。しかし、哲人王は欲望を理性によって統御しているため、そもそも財産のような世俗的な価値に幸福を見いださない。むしろ、国家の秩序が保たれ、国民全体の幸福が実現されることが、哲人王にとっての一番の幸福なのである。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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