「自由貧乏党、略してジビン党の誕生ですよ」立川の居酒屋で競馬オヤジたちを盗み聞き!
『酒とつまみ』の人気コーナー「盗み聞き」 記者が足で稼いだちょっとおバカないい話③ <立川駅南口・馬券オヤジ嘆き酒編>
某月某日の土曜日。場外馬券売り場で外れ馬券の山を築いて打ちひしがれる盗み聞き記者。気分転換しようとフラリと近くの居酒屋へ入店。チビチビ飲んでいたところ、職業病なのかナンなのか、いつしか耳は、同じく打ちひしがれた隣の馬券オヤジふたりの会話に集中。今回の酒場盗み聞きは立川駅南口からお届けします。
――競馬帰りの客でにぎわう店内。8人掛けのカウンターの右隅に座る記者、ホッピーを片手に盗み聞きモード。左隣に座るターゲットの馬券オヤジふたりもホッピーをガブ飲みしつつ、今のところ話す内容は今日の競馬の嘆き節。酩酊具合を見ると、馬券を買っているときからアルコールを注入していたのかも。
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A ……しくじったなあ、もう。ホントしくじった。
B ホントにねえ。
A なんで内田は、俺が買わないときに限って来るのよ。
B まったくですよ。
(ハイハイ内田ね。今年のダービージョッキーですな)
A 俺はさ、内田のことが大好きなんだよ。内田を絡めた馬券はいつも買ってんだ。
B ホント好きですよね。
A それなのに……。もう、なんでこ~~なるの?
(えっ、欽ちゃん?)
B 飛びます飛びます! 金も財布から飛んでいきますって感じですよね。
(う~ん、その二郎さんはちょっと無理があるなあ)
A ホントにそうだよ。金がいくらあっても足んないよ。
B 私もですね、1着に来ると思って単勝馬券を買ったら3着。3着までには入りそうな馬の複勝買って4着……。
A なははは。あるある。
(なははは。あるある)
B 今日はそんなんばっか。
A 俺だってスゴイよ。1着から3着まですべての並びが見えたって思ってさ、三連単を買ったんだよ。
B おお!
A そしたら16着、15着、14着だよ。ビリから3頭並んじゃってさあ。
B うわあ。逆にスゴイ!
(スゴイけど、すっかり外れ馬券自慢になってるね)
A だからJRAにはさ、いっそのこと逆三連単っていう馬券を作ってほしいんだな。
B でも、そういう馬券ができたとして、それを買ったときに限って1着から3着に並んだりするんですよねえ。
A うわっ、そうだ。それはもう、JRAの陰謀だよ。
B 陰謀ですよ陰謀。
(アナタたちにそんな陰謀を仕掛ける必要ないでしょ)
A そんな陰謀に打ち勝っていくのが馬券師っつーの。俺たちみたいなさ。
B それでこそ馬券師です。
A 前みたいに50万くらいバーンと当ててJRAをギャフンと言わせてみせるぜ。
B 言わせちゃいましょう!
(それぐらいじゃギャフンとは言わないけど、そういうときもあるのね。へえ~)
A あれ、いつだったっけ?
B たしか10年くらい前じゃないですか?
(そんな前かよ!)
A そうそう。マークカードのレース番号を間違えて塗ったら大儲けしたんだよ。
(え? なんて言った?)
B それで、奥さんにうっかり話しちゃって……。
A あっ、そうだよ。結局、子供たちの学費とか住宅ローンとかで全部消えちゃったんだよなあ。
(もはや馬券師のバの字もありませんね)
――1時間経過。その後もホッピーを何杯もおかわりし、ジョッキーのごとく肝臓に鞭を打ち続けるふたり。会話は競馬ネタになったり貧乏ネタになったり。どっちにしても共通の話題の根底には金欠の悩みがあるようで……。
A ホントにさ、なんでこんなに金がないんだろ。
(それは同感です!)
B 世の中不景気ですしね。
A 月末の支払いの金を馬券で稼ごうと思ったのにさあ。
B 私もキャッシングして、馬券買ったらこのありさまですよ。
(よしなさいよ、もう)
A まったく俺の周囲は君も含めて貧乏人ばっかりだよ。
B たははは。例えば、お金は寂しがり屋だからたくさんお金があるところに集まるって、言ったりしますよね?
A うん。それが?
B 逆に貧乏人は貧乏人のところに集まるんですかねえ。
A 切ないこと言うなよ~。
(そうだよ~。切ないこと言うなよ~)
B でも今の政治家にですね、貧乏人の気持ちなんてわかるワケないんですよ。
A うん、まったくだ。
B だから、我々貧乏人が政界に進出するしかない!
A おお、それはスゴイね。
B 貧乏人に自由を~!
A そうだそうだ!
B 自由貧乏党、略してジビン党の誕生ですよ。
(あんまり投票したくない党名だなあ)
A でもさ、もし国会議員になったら当然たくさん金が入ってくるワケでしょ。
B ですね。
A 俺、車買おうかなあ。
B 私はマイホームですね。
A おっ、大きく出たねえ。
B たははは。
(お前ら、貧乏人の気持ちはどこ行ったんだよ!)
A なんて言ってても、選挙には金がかかるしなあ。
B 確かに。やはり政界進出は無理ですかねえ。
(ハナから無理でしょうに)
A はあ~。空から金でも降ってこないモンかねえ。
B ホントですよ。
A 1億なんて贅沢は言わない。1千万でいいんだ。そうすれば何年かしのげる。
B 1千万かあ。いいなあ。
A でも、そんなことなかなかないワケでさ。やっぱり競馬で稼ぐしかないんだよ。俺たち馬券師っつーのはさ。
B 馬券師ですモンね。
(ねえ、そこの人たち、なんか根本的に間違ってるよ)
A 要は明日だよ。明日バーンと当てればいいんだよ。
B バーンと当てましょう!
A 俺たちには競馬の神様がついてるよ絶対。神様が俺たちを見捨てるワケないんだ。
B そう、その通りですよ。
A よーし! なんか力が沸いてきたぞ~。オネエサン、ホッピーおかわり~!
B あっ、私も。こっちにもホッピーお願いね~!
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土曜日に負けても日曜日、日曜日に負けても次の週末。前向きなのか後ろ向きなのか、止めどなく続く馬券オヤジの競馬の日々。すなわち、泥酔嘆き節も終わらない。それは盗み聞き記者とて同じこと。ああ、貧乏人に幸あれ(笑)。
■13号掲載(2010年9月5日発行より)