チデジカ? アレは何かの動物? さかのぼること5年半。酒飲みオヤジたちは「地デジ」に翻弄されていた
『酒とつまみ』の人気コーナー「盗み聞き」 記者が足で稼いだちょっとおバカないい話④ <上野駅広小路口・アナログオヤジ宥め話編>
――6月のある金曜日の晩、店内にあふれる仕事帰りの客たちに同化しつつ、盗み聞きの仕事は実行中の記者。ターゲットのふたりは日本酒を鯨飲中。言葉のやりとりを聞くと初対面のようだが、酔いも手伝い話が弾む。というか、50代男性が一方的に話し、30代男性がそれに対応して宥めている感じ。現在の話題は今年7月の地デジ化について。
******
A(50代) …………地デジ化って、アレもうすぐですよね~。テレビ買いました?
B(30代) ええ、一応。
A そうですか~。私なんかね、家のローンがあるってのにそんな余裕ないですよ~。だからいまだに「アナログ」の文字が出ててね、アレを見ると腹立つんだよね~。「お前みたいなアナログ人間はお呼びでない!」って言われてるような気がして。
B ですよね。「こりゃまた失礼いたしました!」とは言いたくないですモンねえ。
(植木等かよ! って君、若いのによく知ってるね)
A この前なんか酔っ払ってね、アレを油性マジックで黒く塗りつぶそうとしたら、カミさんに怒られる怒られる。
B はははは。冗談のつもりでやってるのに。
A そうなんだよ。まったく冗談じゃないよ、ってね。
(なはは。冗談なのに冗談じゃないよとはこれ如何に!?)
B 僕は泥酔中にアレを目にすると、よくアナログ作文をやってましたねえ。
A へ? アナログ作文?
(へ? アナログ作文?)
B ええ。あいうえお作文ってありますよね? 頭文字を使って文を作るっていう。アレをアナログの四文字でやるんですよ。僕、独身なんですが、家飲みで暇なときはそんなことしてましたよ。
A へ~。アナタ、妙なことを思いつくモンだねえ。
(でも、どこか切なさを感じるのはなぜだろう?)
B 今やってみませんか?
A えっ、私? そういうのはちょっとねえ……。
B まあまあ、そう言わずに。じゃあ、アナログのア!
A う~ん……。
(そりゃ、ためらうよね)
B ア!
A あんなに昨日飲んだのに。どう? どう?
(って、やる気満々かよ!)
B いいですよ。ナ!
A なぜだか今日も酒を飲み。
B ロ!
A ろれつ回らず。
B グ!
A ぐでんぐでん!
B おっ、お上手ですねえ。
A そう? 私らの世代はね、子供のころから演芸番組で鍛えられてるからね~。
(コラッ、そんなこと言ってなかっただろ!)
B 初めてでなかなかすぐに出ないですよ、ホント。
A あははは。アナログも捨てたモンじゃ~ない、デジタルなめんなよ、っていうかね。そんな感じだわねえ。
(どんな感じかさっぱりわからないけど、すっかり乗せられてるワケね。アナログオヤジと宥め青年か。なんだか名コンビ誕生の予感?)
――45分経過。聞き上手&乗せ上手の宥め青年のおかげで会話も盛り上がり、徳利もどんどん空になる。ヨッパライの性なのか、酔えば酔うほど同じ話に戻るループ状態のアナログオヤジ。宥め青年も酔っ払いつつ対応するモンだから、ますますループ。なので、話題はまたもや地デジ化に。
A ……地デジ化ってヤツ、もうすぐだよね~、アレ。
B もうすぐですよね~。
(また地デジ化の話か~。これで3回目ですな)
A で、何アレ? あの、キャラクターみたいなの。
B 地デジカのことですか?
A チデジカ? ふ~ん、アレは何かの動物?
(あらら、「ジカ」って言ってるのになあ)
B 鹿ですかね。地デジ化に合わせて、頭にアンテナを付けてるんでしょうねえ。
A 鹿~? ええ~っ、あんな鹿いないよね~。
(当たり前でしょ!)
B 地デジ化から連想したダジャレみたいなモノですかね。
A なんかダジャレを使ったキャラクターって、みんな好きだよね~。たとえばさ~。
B ハイハイ。
(ハイハイ)
A え~と、う~ん……え~、よくわかんないけど。
(ガクッ!!)
B でも地デジ化にキャラクターがいるなら、アナログにもいたっていいですよねえ。
A うん、それはいいね~。何かいないのかな~、何か。
B えー、たとえばですね、穴ロ熊なんてどうです?
A アナログマ? 何それ?
B 穴熊をイメージしてるんですけど、腹にカタカナの「ロ」の字が書かれてて。
A それで穴ロ熊ね~。いいね~。頑張れ、穴ロ熊! 地デジカなんか食っちまえ~!
(コラコラ!)
B もう6月ですから、実は余命1ヵ月なんですよねえ。
A 余命1ヵ月の穴ロ熊か~。
B いわば絶滅危惧種みたいなモノですよ。
A おおっ、そうだよ~。かわいそうだな~、穴ロ熊。最期はきっと地デジカに食べられちゃうんだろうな~。あんな顔して、なんて凶暴なんだ。ジョ~~ダンじゃないよ!
(さっき「食っちまえ」って叫んでたのは誰でしょう?)
B まあ、地デジ化がスタートしたら、我々で穴ロ熊を剥製にして穴ロ熊博物館に展示してあげますか? 剥製というより着ぐるみですが。
A うん、そうしよう。しかし君も、面白いことを考えるね~。ただものじゃないね。
(確かに。君も記者の仲間にならないかい? ギャラはまったく出ないけど)
B いや、ただのしがないサラリーマンですよ~。
A それは私も一緒!
A&B だははは。
******
意気投合というか、宥め青年が息をうまく合わせているだけというか……。何にせよ、一夜限りの出会いになったとしても、見知らぬ者同士が酔いに任せて気軽に話せるのも、飲み屋のひとつの楽しさか。今や職業病のごとくひとりで聞き耳を立てることが当たり前の記者からすれば、どこか羨ましさを感じた夜である。
■14号掲載(2011年7月15日発行より)