韓国人シンガーKが日本の伝統を旅する
「ろうそくは『立ち止まって考える時間』を与えてくれるもの」
第12回 和ろうそく 大與(だいよ)4代目大西巧さん
和ろうそくの形の意味
続いて、Kさんは和ろうそく作りを見学します。
大西 さきほどお話した灯芯を串に1本1本さしたものです。これを蝋に浸して、どんどん蝋をつけて太くします。バームクーヘンみたいなイメージですね。
K まとめて数本分を作るんですね。
大西 最初は太くすることが一番の目的なので、ろうそくの形よりも、太くすることだけを意識します。
大西さんは、たくさんの灯芯を蝋につけ、手で蝋をかけて、灯芯を整え、灯芯を廻しながら、蝋をつけていきます。
K 1回かけたあと、一度乾かすんですね。
大西 そうなんですよ。乾かないと次の蝋はつけられないので。
K 結構時間がかかりますね。太いものだと何回くらいやるんですか?
大西 そうですね。30回ほどかなぁ。季節によっても違ったりしますから、一概には言えないんですよね。
K 今は、手で蝋をかけていましたが、熱くはなかったんですか?!
大西 今はぬるま湯くらいですね。
K そうなんですか。いや、最初びっくりしました。蝋が溶けているから、かなり熱いものだと思って見ていました(笑)。
大西 櫨蝋の特長で、凝固点、つまり固まる温度が非常に低いんですよ。だいたい30度くらいまでは液体でいてくれているんです。触ってみますか?
K あっ、熱くないですね。だんだん、固まってきました。さきほどの香りといっしょですね。
大西 櫨蝋は特殊なので、手で触ることができますが。ほとんどの蝋は50度くらいで固まってくるので、熱いですよ(笑)。ある程度の太さになってきたら。本数を減らして、さらに塗り重ねていきます。
K 細かくつけていくんですね。
大西 太さの調整をしていきます。蝋をかけながら塗るのは同じ工程です。
K 今、親指につけているのはなんですか?
大西 竹で作った親指を伸ばすための道具です。より短時間でたくさんのろうそくを作るためには、たくさん持たなくちゃいけないので。
K なるほど。他の4本の指でろうそくの下を支えて、上から挟む親指が短いとたくさん持てないですものね。ずいぶん太くなってきましたね。これは真っ直ぐなろうそくですが、さきほど上下で太さの違うろうそくもありましたよね。
大西 あれは、碇(いかり)型というんですが、ろうそくの形が肩をはっているような形になっているところに由来しています。もともと、お寺さんで使うろうそくなんです。お寺さんでは、法要の間しか、ろうそくに火をつけない。だけど、お寺の本堂で使うのに、小さいものだと見栄えがしないでしょう。ある程度の大きさが必要だけど、そんなに長く燃えなくてもいい。で、考えられたのがこの形。上の方が太いのは、より少ない蝋の量で、大きなろうそくの灯りを出すためです。
K 上の部分だけ燃えてくれればいいと。次のときは……
大西 次の法要ではまた新しいろうそくを使うので、絶対に蝋が余ってしまうんですよ。どうせ余るんだから、下部の蝋は削って、細くしましょうという発想で生まれたんだと思います。ろうそくやも原料の仕入れがありますからね。下部の部分で削った蝋は、違うろうそくを作るのに回せますから。
K なるほど、それでああいう形だと。スタイリッシュなデザインかと思ったんですけどね。
大西 諸説あるようですが、“どうせ余るから細くする”という説が一番もっともらしい感じはしますね。実際、僕らはお寺さんへ行って、余ったろうそくを回収するんですよ。それをまた溶かしてろうそくを作る。そういう意味でもリサイクル性が高いんですよね。無駄になるものがないですね。ダラダラ、蝋が垂れることもないですしね。
K 今、言われて気づきました。気づいてないのは僕だけ?(笑)。なぜですか?
大西 ろうそくは芯に火がつくことで、一番上の部分の蝋を溶かします。そして、溶けた蝋を芯が吸い上げて、燃えるというサイクルをずっと繰り返しています。蝋が垂れるというのは、蝋は溶けているけれど、溶けた蝋を芯が吸い上げられないから起きるんですよ。
K あまった蝋が垂れると。
大西 そうです。なので、溶けた蝋を芯がきちんと吸い上げるという絶妙なバランスを保てれば、蝋は垂れないんです。なので、そのあたりのことも考えて和ろうそくはデザインされているんです。煤(すす)もほとんど出ないですし。
K なによりアロマキャンドルじゃないのに、香りがいいんですよね。
人と火をもう一度つなげたい
K 大西さんは4代目ですが、和ろうそくを通じて、伝えたいメッセージとは。
大西 火と人の関係性をもう一回繋ごうっていうことですね。とりわけ現代日本の生活では、人間と火の関係は非常に遠く離れてしまっているので。ほら台所だって、電気になってきているでしょう。そういう流れが押し寄せていて。何の問題意識も持たずに、この流れに乗ってしまうのは恐ろしいなと思うんです。いったん止まって考えてみようと。それが和ろうそくを通じて、伝えたいメッセージです。ろうそくというアイテムというのは、あらゆるものについて「一度考えさせる」時間を与えてくれるものだと思うんですよね。そんなふうに使って頂けたら、嬉しいですね。
K 僕らの世代って、ろうそくを使っていた経験のある世代ですが、停電したらスマートフォンで灯りもつけられる今の世代って、ほとんどろうそくを使う機会がないかもしれませんね。スマートフォンも無かった僕らが子どものころは、今よりもずっとろうそくが生活の身近なところにあった。ろうそくの灯りに癒されることもあるし、独特なパワーというかエネルギーがろうそくにはあると思うんです。だから、今の子どもたちはそういうろうそくを知らないから、たとえば和ろうそくを生で見たときに、衝撃を受けると思います。そういう、和ろうそくは魅力を知ってほしいし、そのためにも触れ合う機会が大事になるんだなと感じました。
以前、京版画の職人の方にお会いしたときに(第2回)、京版画をほどこした和ろうそくを見せてもらったんですよ。コラボされていると。
大西 うちのろうそくを使って頂いています。
K すごく斬新だなって思いました。きょうもパステル色の可愛いろうそくがあったり、絵が描かれた美しいアートのようなろうそくもありましたね。いろいろな和ろうそくを作っているんですね。
大西 パステルカラーのものは、蝋に顔料を混ぜて色を出しています。これは新しいものですが、絵ろうそくは、東北が発祥で、冬場など、お花がないときに、お花の代わりとして用いられてきました。いわば、春を待つ祈りのようなものも乗せられています。大與の絵ろうそくは、1本1本丁寧に手書きで描いています。手で描き上げられているところに、思いが乗せられていくように考えているからです。伝統的な和ろうそくもちろんですが。それ以外にも現在の生活を彩るような提案というか、インテリアとして使って頂けるものも創作しています。
K 生活必需品であった和ろうそくが、心を豊かにする作品に発展しているんですね。最後に大西さんが作ってみたい和ろうそくとは?
大西 人の心を豊かにしてくれるようなろうそくが作れたら、職人冥利につきますね。もちろん、僕が作ったものでそういう経験をしてもらえたら嬉しいですけれど、たとえば、僕が作ったものじゃなくても良いので。和ろうそくを使った人に、その魅力を感じてもらいたいですね。
●Kの視線●
今回は和ろうそくの職人の大西さんとお会いしました。改めて、火と人との関係の深さを感じました。今の時代は、電気でなんでもできる時代ですが、火が持つ温かみが心を落ち着かせてくれるのも事実です。
スイッチひとつでパッと明るくなる便利さが電気にはありますが、小さな灯りが揺れる和ろうそくは、素敵なアイテムだと感じました。自然由来の原材料で作られているから、また自然へ戻せる。そういう、古来からある循環のひとつが和ろうそくなんですね。だから、より優しいんだと思います。そして、灯芯を切ったり、灯を見守る手間もまた、和ろうそくの魅力だと思います。和ろうそくに火を灯し、ゆっくりお酒を飲みながら、過ごす時間は本当に贅沢だと思うし、現代人にとっての癒しになるように思います。
近江手作り和ろうそく 大與
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