老囚の哀切な願い「身寄りはいねぇ。置いてくれ!」老人ホーム化する刑務所【塀の中はワンダーランド刑務所編②】
凶悪で愉快な塀の中の住人たちVol.2
元ヤクザでクリスチャン、今建設現場の「墨出し職人」さかはらじんが描く懲役合計21年2カ月の《生き直し》人生録。カタギに戻り10年あまり、罪の代償としての罰を受けてもなお、世間の差別・辛酸ももちろん舐め、信仰で回心した思いを最新刊著作『塀の中はワンダーランド』で著しました。
実刑2年2カ月! 府中刑務所に入ったじんさんは壮絶なやりとりを目撃。
刑務所編の2回目は、天蓋孤独の老囚が「出所」が決まったのにもかかわらず、晴れてシャバの自由を謳歌するどころか「でたくない!」と刑務官にすがるところに、現在の「養老院」化するムショの実情があった。
■老囚の願い─国営の天国と地獄
ある晩の夕食のあと、ボクは塀の外から聞こえてくる子どもたちの戯れる 声と一緒に、ヒュー、ヒュルルー パッパーン! と、勢いよく炸裂する花火の音を聞きながら涼をとっていた。すると、灯りを落とした部屋の前の昏い廊下から、夜勤の若い担当と老囚の話し声が聞こえてきた。
聞くともなく聞いていると、どうも老囚は明日、満期で出所するようである。
あっ、あの爺ちゃんか……と思っていると、
「爺ちゃん、明日、いよいよ〝引っ込み(出所)〟だなァ。もうこんなところに入ってきちゃ駄目だよ」
若い担当が言った。
すると老囚は、
「若けェの、そんなこと言うなよ。わしをここへ置いといてくれよ。出ても行くところねェんだからよ。なァー、頼むよ、いいだろう」
そんな老囚の哀切な願いに、「爺ちゃん、何言ってんだよ。こんなところにいるより社会で暮らした方がよっぽどいいんだぞ。ここは人の暮らすようなところと違うんだからさ」と言う担当の言葉に、老囚は語気を荒くするよ うにして言った。
「けぇっ! わしらの気持ちなんか、ちっともわかってねえくせに。なぁー、若けぇのいいだろう。頼むよォ」
すると若い担当は、なおも諭すようにして言った。
「爺ちゃん、人は人らしく社会にいる方がいいんだぞ。こんなところにいちゃあ駄目だし、こんなところに来ちゃ駄目なんだよ。誰でもいいから身寄りを頼って行きなよ」
「身寄りなんて誰もいねぇよ。わしはもう独りぽっちだ。出たってまたどうせすぐに戻ってくるんだ。金もねぇし、誰もこんな老いぼれなんか気にしちゃぁくれねぇよ。わかるだろう若けぇの。だから、ここに置いてくれよ、頼むよォ」
老囚が哀しそうに訴える。
こんな何とも切ない会話がボクの耳に聞こえてきた。聞いていて、ボクは身につまされる思いにかられた。
翌朝、ボクは蝉の声とともに、いつものように鳥のさえずりの軽快なリズムに起こされた。布団は折り目がつくようにビシッと畳み、枕もまるで長方形の箱が置いてあるかのように角をつくって整頓した。
そして一日の始まりの儀式である点呼を終え、朝食もすんだ頃、昨夜の老囚の部屋の扉の鍵穴にガチャガチャと鍵が差し込まれる音が聞こえ、扉の開く音が続いた。
「爺ちゃん、用意できたか。忘れ物のないようにな」
老囚に担当が言った。
扉が閉まると、老囚は孫ほども歳が離れている若い担当に連れられ、足を引き摺るようにしてボクの部屋の前を通り過ぎていった。ボクは部屋の鉄格子の窓に顔を押しつけて覗いてみた。そのときボクの耳に聞こえてきたのは、
「若けぇの、またすぐに戻って来るからよ。そのときはまたよろしく頼む
よ。なッ、いいだろう、若けぇの」
若い担当に縋るように話す老囚の声だった。
廊下を去っていく老囚の痩せた後ろ姿は、見ていて何とも哀れだった。普通であれば、出所は希望と喜びに満ち溢れるものである。しかし、この老囚にしてみれば、そんな出所も安住の地を冷淡に追い出され、路頭に迷うものでしかなく、決して喜びとはいえないのである。一歩獄の外に出れば、自分で日々の糧をしのいでいかなければならないのだ。
ところが、刑務所にいればそんな心配もなく、三度の食事が供与され、身体の調子が悪いといえば医務課へ連れて行かれ、何くれとなく担当たちも気を遣ってくれる。寂しさから解放されるのだ。酒、タバコさえ平気なら、天涯孤独となった老囚たちにとって、塀の中は〝天国〟なのかもしれない。
刑務所の人と人とが織りなす複雑な人間模様。
ここからも社会のあり方の一端を窺い知ることができる。
しかし、この養老院は皮肉なことに、法律を犯さなければ入って来れない「国営の天国と地獄」なのである。(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜つづく)
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絶望もがむしゃらに突き抜けた時、見えた希望の光!
「ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜」です。