【府中から帯広刑務所へ】移送先は「さ、む、い、と、こ」《懲役合計21年2カ月!! 生き直し人生録》
「ヤクザとキリスト」凶悪で愉快な塀の中の住人たちVol.3
■悲しくも切ない受刑者たちの、壮絶な闘い
本来は移送待ちの受刑者に移送先の情報を教えてはいけないという規則があるので、担当たちはそれ以上は喋れないのだが、2カ月間も一緒にいて多少情が通っていたことから、特別にサービスのつもりで、微妙な線で教えてくれたのだろう。「さ、む、い、と、こ」とだけ。これはまさに、「北」を差しているのだ。
寒さの厳しい刑務所は暖房設備が整っているので、冬は受刑者にとって天国だ。それに夏は涼しい。食事も他の施設と比べると、かなりハイカラな物が出ているといえる。担当たちの質も意外にいいようだ。
移送待ちで拘置所の独居房にいる受刑者たちは皆、自分がどこの施設へ送られるのか、毎日気を揉んでいて、旅慣れしている経理夫や立ち役、掃除夫たち(再犯囚が収監されるB級刑務所で、この三つの役に就いている者たちはだいたい旅慣れている)から、全国の刑務所の居心地のよさなどの情報を収集するのに腐心する。
事前に情報をキャッチして、そこがもし、気に喰わない施設だったら、密かに「移送拒否」を企てることもできるからである。
そういうわけだから、担当は移送の決定した受刑者に、決して事前に移送先を教えたりしない。移送先を不服として、移送されないようにわざと懲罰にかかったり、仮病を装ったりして、移送を免れようと企てる輩が現れるからである。
領置調べが終わった翌日、ボクたち3人組(保安上、飛行機での移送は大体3人と決まっている)は早朝の領置室にいた。久しぶりに身につける服には、強烈な樟脳の臭いとカビの臭いとがブレンドされて鼻を突いてきた。ボクの服装は、カステルバジャックのサマーセーターにブルージーンズ。
服を身につけると、ボクたち三人組は手錠をかけられ、大きなスチールテーブルの前に横一列に並ばされた。そこには、偉そうにしている幹部職員の担当たちが面子を揃えて、眠そうな顔をして立っていた。
「気をつけ!」
ボクたちの脇に立っている若い駆け出しの担当がボクたちに向かって、おもむろに気合いの入った号令をかけた。
その号令に素早く反応し、ボクたちが気をつけの姿勢をとると、
「課長に対し、礼!」
次の号令が飛ぶ。
直立不動で立っているボクたちは、そのまま身体を四五度に曲げてお辞儀をし、一呼吸のあと、「直れ」の号令がかかると、まるでバネ仕掛けの人形のように、ピョンと上体を起こす。
すると、夜勤明けで眠たそうなツラの課長が、手にしている身分帳を開いて目を通すと、身体をグイッと反らし、虚勢を張るかのようにして、
「お前たちをこれから帯広刑務所へ移送する。道中、担当さんたちの言うことを聞いて迷惑をかけるな。もし、何かやれば、向こうで取り調べにするぞ。いいな、わかったか!」
恫喝するように叫んだ。
ボクは分類面接のときに希望していた、高い人気の帯広刑務所へ送られる嬉しさから、心の中で歓喜の声をあげ、小さくガッツポーズをした。「はい!」という返事も、相棒たちよりひときわ大きかった。
このように刑務所側は、移送先の正式な告知は受刑者をいつでも強引に引っ張って行ける状態にしてから行うのである。
とはいえ、過去にはこんな根性のある奴もいた。
その受刑者の生活の基盤は都内にあったことから、当然、愛する家族も都内で生活していた。しかし、その受刑者が言い渡された移送先は、東京から遥か遠く離れた九州は福岡刑務所。すると、言い渡しを受けるや、途端に狂ったように、
「冗談じゃねぇ! 俺は行かねぇ! 九州じゃ、女房や子どもに会えねぇだろうが! だから絶対に行かねぇ!」と叫び、担当の止めるのも聞かずに暴れ回った挙句、領置室の柱にしがみついて、頑として九州行きを拒み続けたのである。
職員たちは必死な形相で柱にしがみつくその受刑者の手の指を剥がそうとしたり、足を引っ張ったりしたが、家族との切れかかる絆を必死に繋ぎ止めて護ろうとするその受刑者の手と足は、容易に剥がれない。
結局、担当たちはフライトの時間が迫っていたことから、その受刑者1人を残して出発せざるを得なかった。
後日、その受刑者は干された挙句、取り調べられて懲罰となったが、ほどなく東京からさほど遠くない甲府刑務所へめでたく送られていった。
その受刑者は移送当日、移送確定房の視察孔から覗いているボクに気づくと、勝ち誇ったような顔で片目をつぶり、手錠のはまった手を振って去って
いった。
塀の中では、移送一つ取ってみても、家族との絆を必死に護ろうとする、悲しくも切ない受刑者たちの、壮絶な闘いのドラマが起きているのだ。
(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜つづく)
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2020年5月27日『塀の中のワンダーランド』
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