【帯広刑務所編】看守のアダ名は「バネット」「サメ」に「毒まんじゅう」——悪名高いヤツほどいいヤツだったり《懲役合計21年2カ月》
凶悪で愉快な塀の中の住人たちVol.13
◼︎人は見かけに寄らぬもの——食わず嫌いは「毒まんじゅう」
しばらく経って、ボクは「相棒」である機械の刷色を変えるために電力を切り、ローラーを外して、ソケット組み立て班であるチロリン村の後ろにある流し場へ持って行った。
この頃、以前いたチロリン村の班長は仮釈放で上がって行き、代わりに池袋で学生ヤクザをやっていた門野という男に代わっていた。
この門野の兄貴分だった木◯良◯は、平成2(1990)年の夏、新宿の「パリジェンヌ」で、ある話の掛け合いの最中に話がこじれて、相手に回転式の三八口径を心臓に押しつけられたまま撃ち抜かれて殺された不良者だ。彼は身体もデカイが、人間的にも魅力のある、なかなかの不良だった。昔、府中刑務所で、ボクが懲罰明けで下りていった東部三工場の溶接班で出逢ったのが最初である。
このとき、まだ吸われていない禁制品の新しいタバコをどこからか一本取り出してくると、「これ、歓迎祝いのやつだから、遠慮なく吸ってよ」と言って、柱の陰でボクに渡してくれた。
といってボクは、「ああそうですか」と、そのまま厚かましく一人で吸うつもりはなかった。周りにいた不良たちが、今にもそのタバコに襲いかかりそうな雰囲気を漂わせながら、いくつもの熱い視線を注いでいたからである。
すると、木◯良◯が少し照れながら、「サカハラさん、申し訳ないけど、皆にも吸わせてやってもらえますか?」と言ってくれたので、ボクも助かり、皆で仲良く、柱の陰で回し飲みをした。
そのとき、一人の若い衆が「オヤジは自分に任せてください。引きつけておきますから……」と言い、担当看守部長のところへすっ飛んで行くと、部長の背に柱を背負わせるように巧く立ち位置を変えてしまった。
また、隣の工場に通じるドアにも「テン(見張り)」を切らせながら、工場の太い柱の陰で歓迎のもてなしをしてくれたのが、この木◯良◯だったのだ。
一方、殺った方の星◯という不良は、新潟刑務所で、ボクが電算写植の工場を喧嘩で上がり、懲罰終了後に下りていった工場で一日何枚もスリッパを焼いて作っていた懲役仲間だった。
そんなことからボクは、この殺された方も殺した方も、どちらも塀の中でも外でも知っていたのだ。
ロイド眼鏡をかけた門野が、流し台で凍えながら手の指を真っ赤にしてローラー棒を洗っているボクのところに寄ってきた。
「今日、オヤジ、昼に上がって、代わりに『毒まんじゅう』のオヤジが来るらしいネ」
「本当ですか。またやる気満々、厄ですネ」
「でも、サカハラさん。あのオヤジ、僕は好きだネ。厳しいけど、いいところのあるオヤジだよ」
「本当ですか?」
「ああ、ボクはオヤジたちの中では一番いいと思っているよ」
この「毒まんじゅう」と仇名されている担当は、帯広刑務所では厄ネタ(危ない話)の筆頭格であり、懲役囚からも担当たちからも一目置かれて恐れられている存在で、仇名の通り、食えない「毒のまんじゅう」だった。
しかし、この「毒まんじゅう」は、食えないどころか、食ってみたら、意外になかなかの味だったというほどの人情家だったのである。
ボクはその後、この「毒まんじゅう」の真の心の優しさを知ることになる。
「おい!流し場の二人、あまりアゴ行く(しゃべる)なよ」
「すいません!」
ボクたち二人は担当台へ振り向きながら、そう答え、お互い背を向けてその場から離れたのだが、そのとき背中に門野の小さな声が聞こえた。
「昼はカレーにコーヒープリンだからネ」
ボクは無言のまま振り向き、にっこりして片目をつむった。
(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜つづく)
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2020年5月27日『塀の中のワンダーランド』
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「ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜」です。