【帯広刑務所編】まさに塀の中の懲りない面々——カレーの代わりに正露丸《懲役合計21年2カ月》
凶悪で愉快な塀の中の住人たちVol.14
◼︎下手な芝居と「毒まんじゅう」
食事が終わると、昼の休憩時間になった。「毒まんじゅう」が食堂内を見渡して、厳かに言った。村井の残した飯は残飯に出され、プリンは「毒まんじゅう」自らの手によって、一斗缶の残飯桶に廃棄されてしまった。
食堂内は休憩時間になって我然騒がしくなり、活況を呈し始めた。ボクはいつものように本棚へ来ると、そこに置かれている椅子に座り、読みかけだったドストエフスキーの『罪と罰』を取り出し、続きを読み始める。
ボクの後ろでは、ストーブにハエがたかるかのように受刑者たちが群がり、思い思いの話に花を咲かせている。そんな賑わいの中、いろいろな話し声に混じって、どこからともなく危険な話が、ボクの耳に聞こえてきた。
「酒井、飛ぶらしいよ、菊池に。今、遠山さんに挨拶しに行ってるべ」
「えっ、マジに? これから飛ぶのかい? 本当に?」
「もう部屋の奴らには、挨拶をすませてきたらしいよ」
ボクが振り向くと、ある組織のヤクザが二人、顔を提灯のように赤くして、食堂の隅で不穏な空気を囲って集団を形成しているグループに目を向けていた。
そこにはグループの首魁の遠山が取り巻きたちに囲まれながら、酒井という帯広の不良崩れの奴から、何やらコソコソと話を聞かされている様子である。酒井は、遠山たちの取り巻きの一人だ。
これから被害者となる、飛ばれる相手の菊池は、東京は千住方面の某組織のまだ駆け出しの兄ちゃんで、すぐにスジ論を振りかざす血気盛んで理屈っぽい若いヤクザだった。その菊池は、遠山たちグループの席から少し離れた自席で数人の奴らと窓に寄りかかり、口に爪楊枝を咥えた生意気な格好で話をしている。
突然、食堂の入口付近に立っていた交代看守の「毒まんじゅう」が、
「オイ! 村井はいるか?」
食堂内を睥睨するかのように見渡して、叫んだ。
このとき、村井はストーブ近くのテーブルで部屋の仲間たちから、
「村ちゃん、腹減らねェか? 今日の昼飯はカレーの代わりに村ちゃん、正露丸だべよ。いいね〜。オレも村ちゃんのように、おいちィ正露丸、食べてみたいね〜」と、からかわれている最中だった。
「毒まんじゅう」の声に気がついた村井は、相手に反応する間もなく席から立ち上がると、握った両手を腰へ当てて、そのまま小走りで「毒まんじゅう」の前に走り寄ると、両手をサッと下ろして「気をつけ!」の姿勢をとり、ピョコンと一礼をした。そして、
「118番、村井和人!」と、受刑者が担当の前に行ったときにする、教育された作法に則った挨拶をした。その姿は、まるで戦時中の兵隊さんである。
「お前が村井か? 三条担当からの申し送りで、お前に腹薬を飲ませてやってくれと言われているので飲ますが、お前、ちっとも腹が痛いという様子じゃないな。腹が痛いなら、痛いなりに大人しく座っていろ。大口開けてバカみたいに笑ってるな。いいか、わかったか!」
村井は、腹痛だったことをすっかり忘れていたのである。そこで思い出したかのように急に腹に手を当てると、再び「痛て、て、て……」と、やらなければいい下手な芝居をやって見せた。
すると、「毒まんじゅう」が呆れた顔をして、「お前、バカか。薬やるから来い!」と一言言うとそのまま階段を下りていった。
村井はその場で腹の痛い振りをしたまま、くるりと後ろを振り返ると、声を殺して顔だけで笑っている仲間たちのいる席へ、ひょうきんな顔をつくって「ベー」と舌を出し、そしてそのまま、「毒まんじゅう」に続いて階段を下りていったのだった。
(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜つづく)
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2020年5月27日『塀の中のワンダーランド』
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「ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜」です。