ありのままでもいい、ありのままでなくてもいい
今日を死ぬことで、明日を生きる⑧
ありのままに生きなくてもいい
ディズニー映画『アナと雪の女王』が2014年に空前の観客動員数を記録し、主題歌「LetItGo〜ありのままで〜」も大ヒットしました。私の子どもたちもこの曲が大好きで、長い間「レリゴー♪ レリゴー♪」と口ずさんでいました。
「Let It Go」は、日本では「ありのままで」と訳されていますが、直訳すると「何もしないで、それ以上追求しないで」となり、実は非常にアグレッシブな言葉です。
ドイツ人の私が原曲(英語の歌詞)を聴くと、「もう放っておいて! かまわないで!」という拒絶的なニュアンスを受けます。いままで自分を縛ってきたものを、これからは「突き放す」という雪の女王エルサの強烈な意志が感じられるのです。
前述したように、日本語訳では「ありのままで」と少しやわらかい言葉にされ、「ありのままに生きる」ことが多くの共感を呼んでいますが、私は少し違和感を覚えています。
「ありのままに生きる」と言ったとき、その「ありのままの生き方」とはいったい何でしょうか。
多くの場合は、「いまは仮の生き方で、本来の生き方が別にある」、または「本当の自分を隠して、がまんして生きている。それを解放する」という意味で使っているのではないかと思います。
この「ありのままの生き方が別にある」ように感じていることが、実は問題なのです。
もうひとつの問題は、「ありのままに生きる」と自分で言ってしまった瞬間、それは自分自身が勝手に、「ありのままの生き方」や「ありのままの自分」を決めつけている部分があるということです。
仏教の教えでも、「ありのまま」や「あるがまま」、「当たり前の自分」という表現を使うことがあります。ただし仏教では、『アナと雪の女王』の「Let It Go」とは反対に、「本来の生き方」や「自分そのもの」という思いの〝枠〞をとり外すことが大切だとしているのです。
自分の都合の悪い部分を否定して「これは仮の生き方だ」、自分の都合の良い部分だけを見て「これがありのままの生き方だ」としたら、それは本来の「ありのまま」ではないでしょう。
そもそも「ありのままの自分」を一番知らないのは、自分自身。
本作(映画)の中で、「いままでは自分を隠していたけれど、これからは本当の自分を出して、ありのままに生きる」というようなセリフがありますが、それは自分の脳がつくり上げた「ありのまま」です。
それでは、なぜこの映画や歌が流行ったのでしょうか。それは、現代の日本人がこれらを必要としているからだと思うのです。この映画を観、この歌を聴くことで、「周りに合わせて自分を出せず、そのじっとがまんしていた抑圧感から、心が解放された」ように感じたのかもしれません。
しかし、「ありのままに生きる」ことにこだわりすぎると、ただの自己主張になる危険性があります。そして、「ありのままに生きる」ことが、「わがままに生きる」ことになってしまうのです。
何も、ありのままに生きなくてもいいのです。
なぜなら、あなたも、私も、いま生きているからです。
「ありのまま」を見極める。
『今日を死ぬことで、明日を生きる』より 次は『「自分らしさ」より
「他者への共感」』⑨です。