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教員へのさらなる追加業務=『学校の新しい生活様式』がはじまる

第31回 学校と教員に何が起こっているのか -教育現場の働き方改革を追う-

■教育現場に対処療法ではなく根本治療を

 保護者から感染が不安で休ませたいと相談があった場合の対処法については、以下のように記されている。

「まずは、保護者から欠席させたい事情をよく聴取し、学校で講じる感染症対策について十分説明するとともに、学校運営の方針についてご理解を得る」

 教育委員会や自治体職員が保護者のもとに出向いていって行うわけではない。もちろん、文科省の職員がやるという発想など微塵もない。すべてが学校の、つまりは教員の役割とされてしまっている。これは教員にとって精神的にも肉体的にも重労働である。
 マニュアルには「新しい生活様式」を学校を中心に実践していこうという文科省の意気込みが溢れているが、不思議なことに、「そのための人が必要」といった考えが完全に欠落している。あれもこれも、すべてが「実施するのは教員」という前提であり「申し訳ない」の一言さえもない。「教員が担当するのが当たり前」なのだ。

 では教員が「学校の新しい生活様式」を実践する指導ばかりしていれば良いかと言えば、もちろんそんなわけはない。休校で遅れた分の授業を年度内に終えることになり、そのためには夏休みも返上せざるを得ない状況になっているのだから、例年よりも教科指導は忙しくなってきている。その上、「学校の新しい生活様式」に関する実務が増えるわけだ。

 ある教員が、「私たちの仕事はビルド・アンド・ビルドでしかないんですよ」と苦笑した。
 ビジネスの世界では一時、「スクラップ・アンド・ビルド」という言葉が流行ったことがある。業績不振から脱するために、新しい事業を始める。つまり新事業を建設(build=ビルド)するわけだ。その場合、これまでの事業をすべて継続させたままでは、財力も人力も不足する。そこで不要な事業を破棄(scrap=スクラップ)することで予算と人を確保して、新事業にまわす。そうして初めて、新事業はスタートラインにつくことができるのだ。それが「スクラップ・アンド・ビルド」で、新事業を成功させる基本である。

 ところが「学校の新しい生活様式」という新事業をやろうとしているのに、「スクラップ」はない。あるのは、終わりのない「ビルド」だけである。そのために必要な充分な予算も人も確保することはしない。従来の事業(授業や生活指導)の上に新たな事業を積み重ね、それまでの予算や人員でやらせようとしている。

 「学校の新しい生活様式」は、まさに「ビルド・アンド・ビルド」と言える。これでは新事業を成功させることは難しいだろう。それどころか従来の事業まで影響を受け、最悪、壊れてしまいかねない危険さえ感じる。「学校の新しい生活様式」という名称には前向きな印象を受けがちだが、実は教員の過重労働がますます深刻にする結果を招くかもしれない。
 「すべては教員が行う」という発想自体を変える必要があるだろう。

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前屋 毅

まえや つよし

フリージャーナリスト。1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。『週刊ポスト』記者などを経てフリーに。教育問題と経済問題をテーマにしている。最新刊は『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『日本の小さな大企業』などがある。


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