あなたにも知ってほしい。病院内ヘアサロンがもたらす光と癒やし
─医師とともに患者に寄り添う人々─
「病院内ヘアサロン」とは、入院中や外来患者のシャンプーやカットのみならず、抗がん剤治療で髪を失った人たちのための医療用ウィッグに関する相談や提供を行う場所である。
医療用ウィッグが果たす役割とは何なのか。また、自身の外見変化に戸惑う患者に対して、サロンはどう寄り添っているのか。株式会社アデランス(※以下「アデランス」と表記)が全国に35店舗を展開する病院内ヘアサロン「こもれび」で約12年のキャリアを持つ是枝貴彦店長に話を聞いた。
■病院内ヘアサロン誕生の背景と役割
一見すると関連がなさそうな「医療とウィッグ」の関係性は、実は深い。アデランスが病院内ヘアサロン「こもれび」をオープンしたのは2002年、そのきっかけは病院からのオファーだった。
抗がん剤治療時にあらわれる脱毛の症状はよく知られているが、外見の変化に伴う患者のメンタルケアを考えた時、医療用ウィッグが大きな役割を果たすことはあまり知られていない。同社へ提案があったのは、理容室・美容室でウィッグを専門に扱っているところが多くなかったからだけではなく、以前から医療事業活動の一環として『お子さんの髪の悩みを心の傷にしないために』をテーマに、子どもたちにオーダーメイドウィッグをプレゼントする活動を続けてきたことも理由の一つだろう。
では、病院内ヘアサロンでは実際にどのようなサービスを提供しているのだろうか。また、どんなお客さんが訪れるのだろうか。一般ヘアサロン勤務時代にもボランティアとして病院内で患者さんの髪をカットしていたという是枝店長に話を聞いた。
「入院患者様や外来患者様はもちろんですが、病院には寝たきりの方や、無菌室などの病室から出られない方もいらっしゃいます。そういった方々の病室に行ってカットをしたり、移動式理美容椅子でお迎えに行って、店内でシャンプーをさせて頂いたりしています。あとは、抗がん剤治療で医療用ウィッグを使われるお客様の対応をさせて頂いています。病院も患者様の外見の変化による影響を懸念されているため、治療方針を共有するなど連携もとっています」(是枝店長 ※以下同)
抗がん剤治療によって「髪を失う」ことは女性だけではなく、男性にとっても大きなショックとなる。それをカバーするために医療用ウィッグが存在するのだが、その説明から選択、そして心のケアを行うことも病院内ヘアサロンにしかできない大切な役割だと言う。
がん治療による物理的・身体的な苦痛だけではなく、今は髪を失うことで他者との関係性に大きな影響が出る時代でもある。外見の変化に対して感情の変化が噛み合わないと、例えば離職などのように、社会活動に悪影響を及ぼしてしまうため、精神面のケアは治療過程において極めて重要だといえる。
■心に寄り添うということ
しかし、がん治療中の患者の心のケアと言っても、その心理状態は患者ごとに異なる。そのため完璧な「マニュアル」は存在しない。サロン、そして是枝氏はどのような気持ちでお客様に寄り添っているのだろうか。
「がん治療全般に関する知識や、一般的な対応などについては外部講師を招いた講習制度があり、サロンで働く人は受講します。でも、お客様への対応には正解がありませんので、やはり経験を積んで得るしかないというところはありますね」
そう話す是枝さんも、かつてお客様にうまく言葉をかけてあげられなかったことがあったと言う。
「その方は明るい方だったのですが、だんだん口数が少なくなっていってしまい…最後にお越し頂いた時はもう一言も言葉を発しなかったんです。声をかけるのが憚られたので、私も静かに淡々とカットやウィッグのメンテナンスをさせて頂きました。その後、しばらく経ってもお見えにならず気になっていたのですが、一年ほど経ってから、ご友人の方がわざわざ当店にお越しになって、初めて“その後”について伺ったのです。救われたのは、そのお客様が最後に当店を訪れた時のことを『自分の気持ちを察して、何も話さないでいてくれた。その気遣いが嬉しかった』とお話されていたと聞いた時です。しかし、それと同時に、病院内サロンで働くということの意味、そして、その重みを強く感じました」
また、現在は新型コロナウイルス感染拡大に対して、お客様が強い不安を抱えていることも感じているという。同社はコロナ感染対策として病院へ薬用消毒ジェルやフェイスシールドの寄付を行っていたが「こもれび」ではどのような対応や対策を行っているのだろうか。
「がん治療などをされている方のコロナウイルスによる死亡率や重症化等のリスクは、健常者の方に比べて高いと言われていますので、一般の方に比べると不安は非常に強いと思います。外出するリスクを理解しながらも、通院せざるを得ない方もいらっしゃいます。もちろん、私たちも感染予防対策には万全を期しておりますが、お客さまのお気持ちを理解した接客をしなければならないと、強く感じています」
■病は医師が治し、心は私たちがケアする。
「なんで私が…?」
「ウィッグと言っても結局はカツラでしょ!」
はじめて医療用ウィッグに触れるお客様は、精神的なショックから拒否感にも近いネガティブな印象を持っている方が多いという。
「当然ですよね。それでも、その葛藤を経て足を運んでくださっているので、前向きな気持ちになっていただきたい。例えば外食したり、お友達の結婚式に参加したり…これまでの日常生活を取り戻すためのお手伝いができれば嬉しいです。だからこそ、期待や不安、それに想いといったお話を聞きながらウィッグのご提案やご説明をするように心がけています。それに、お客様が一番気にされるのが人の目なので、いかにウィッグと自分の髪の毛をスムーズに切り替えていくか、というお話を最優先でさせて頂いています」
世の中のウィッグに対する考えは少しずつ変わってきているように思う。それに今は、ナチュラルで高品質な医療用ウィッグがあり、それを必要とする人に寄り添ってくれるサロンがある。
「病院内サロンとは、どんな場所ですか?」
この日の最後の質問に対して、是枝店長はゆっくりと、こう答えてくれた。
「お客様にとっての癒やしの場にしたいです。病気はお医者さんが治しますが、私たちはお客さまに寄り添って、心をケアしていきます」
病気によって髪や心の悩みを抱えている人々に寄り添う是枝店長の言葉からは、静かだが、確かな癒やしと光を感じた。