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第24回:「僕がパソコンを手に入れた12年前の春、初めて検索した言葉」(後編)

 

<第24回>

3月×日
【僕がパソコンを手に入れた12年前の春、初めて検索した言葉】 (後編)

前回からの続き。昭和の終わり、「三丁目の夕日」的な生活を送っていたワクサカ一家。それが平成になった途端に一変して…)

カセットテープがCDになり、やがてMDになり、最後はiPodへと変わっていくあのスピード感には、ちょっと車酔いしそうになるほどであった。そのくらい、未来は法定速度を越えた速さでやってきた。

我が家もいつのまにか平成の未来化の波に巻き込まれ、プアーな生活からはなんとか脱出、しかしながらすごいお金持ちになったのかというとそんなはずはなく、超平均的かつ無個性な家庭へと変貌しており、「なんかよくわからないけどインターネットってやつがこれからは主流になるらしいから、とりあえず息子にPCを与えてみて様子を見よう」という中流家庭まる出しの発想から、僕が高校を卒業したその日、父はVAIOのノートPCをプレゼントしてくれた。

自分の部屋で、メタリックな光沢を放つノートPCを前にしながら、僕は感傷に浸っていた。

ああ、昭和の終わりにカマキリのお尻から長い虫が出てくるのを前にしたり、マイマイカブリがマイマイをカブっているところを前にしてきた僕も、ついに最先端機器を前にするようになるとは。ビバ!未来!ビバ!虫の少ない時代!

さて。このノートPCというものは、どうやらインターネットというものができるらしい。記念すべき最初の検索は、どんな言葉にしようか?

僕は、あの昭和の貧乏時代の記憶の中に、とある謎を抱えていた。

安アパートに家族4人で住んでいた、あの頃の記憶。不思議なことに僕の記憶の中では、あの頃、家族の他にもうひとり、同居人がいた。
その同居人は、外国人の女性であった。

記憶の中にいる、そのブロンド髪の謎の女性。

彼女はいったい、誰だったのだろう?
彼女の微笑みだけが思い出される。不思議なことに、声や立ち振る舞いは思い出せない。でも、確かに僕はあの頃、外国人女性と一緒に生活していた。

小学6年生になった辺りで、ハタと「あれ?オレ、外国人女性と一緒に住んでなかった?」と気がつき、母に真相を尋ねてみたが「んなわけないでしょ」と一蹴された。それ以来、もやもやとしたものを抱えながらも「まあ、あれは父の愛人だったのかもしれない」というところに落ち着け、いやまあそこに落ち着けて良いところなのかは謎なのだが、とりあえず落ち着けて、そのままうやむやにして今日まで過ごしてきた。

いま、目の前にあるインターネットを駆使すれば、その謎が解けるだろうか?
いや、いくら未来の機器とはいえ、そんなことまで探ってはくれないだろう。
あの外国人女性は、誰だったんだ?
自分の部屋で記憶を反芻しているうちに、だんだん怖くなってきた。

リビングにいる母の元へ駆け寄り、何年かぶりに改めてあの外国人女性のことを尋ねた。が、答えはやはり「んなわけない」であった。お前は「んなわけない」しか鳴けないのか、「んなわけない」諸島を生息地とする「んなわけない」鳥なのか、としつこく母に詰め寄ると、「そういえば…」と母が口を開いた。

僕には、奇癖がある。
目を開けたまま寝るという奇癖だ。
半眼どころの騒ぎではない。瞼シャッター全開で、寝る。
なもんで、人生で最も多く見た夢は「空を飛んでいる夢」でもなく「ドリカムのコンサートに来ているのだが、客席に自分1人しか座っておらず、気がつくとどんどん吉田美和が巨大化していく夢」でもなく、「天井の夢」である。

「そういえば…」

母の証言を受け、僕は急いで自分の部屋へと戻った。

「そういえば、あのアパートの寝室の天井には、外国人女性のポスターが貼ってあった。あの外国人女性はたしか…」

ノートPCのブラウザを立ち上げ、生まれて初めて、インターネットで検索をかけた。

アグネス・ラム

画面上に現れたその外国人女性は、記憶の中の、あの女性であった。
そう。幼き日の僕は目を開けて寝ていたため、天井に貼ってあったポスターの夢ばかりを見ていたのだろう。そして成長するにしたがい夢と現実とがミックスされ、「外国人女性と住んでいた」という虚構の記憶が捏造された、というわけだ。

検索によってそれが明らかになった瞬間、静謐な謎は陳腐な結末へと姿を変え、それと同時に僕の「昭和」も、やっと終わった。

初めて検索した日の話であり、昭和の思い出の話である。

 

 

 

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*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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