男をイジる「苛める女」ジャケには意味不明なシチュエーションのものばかり【美女ジャケ】
【第15回】美女ジャケはかく語りき 1950年代のアメリカを象徴するヴィーナスたち
■円錐を持つ男と、上から目線で指すネグリジェ女性
そういう危ういところでは、ジミー・ロールズ・セクステットの「LET’S GET ACQUAINTED JAZZ」なんか、もう相当に危うい。タイトルは「ジャズを知ろう(……ジャズを嫌う人向け)」といったところだが、写真は意味不明。
円錐模型のようなものを持って、叱られているような表情の、黒人かプエルトリカンのように見える男性は何なのだろう? そもそもこの円推って、まるで男根を表徴しているかのようではないか! そしてネグリジェのような衣裳で、指し棒を向けるこの「白人」女性は! それにこのタイトル。白人女性がこの男性にジャズを教える気か!? 何かの悪い冗談としか思えない。
ジミー・ロールズは、優れたジャズ・ピアニストだし、この演奏も良いのだけれど、さすがにジャケの評判は当時でもよろしくなかった。のちに再発されたときには、写真を替えてデザインも一新された。
そうした社会問題性は置いて、たんに美女の図柄として見るならば、こんなネグリジェ姿のももも露わな「教師」に叱られるのも悪くないと思ったりする。片手でネックレスを弄んでいるあたり、案外、芸の細かい演出なのだ。
考えれば女性が上から見下すだけが、男を苛める技法ではない。むしろこんなふうに女性が椅子に座って、男を立たせたままでいたぶるほうが、世の中、多かったかもしれない。
70~80年代のちょっとSM的なエロティック映画で、監獄の極悪な女所長が椅子にふんぞりかえっているシーンとか、思い浮かびません?
まあ、男を苛める女とは、それなりに魅力的なのだ。
そんな男の心情を見透かしたようなジャケが、オットー・セサーナのムード・ミュージック・アルバム「sugar and spice」。
左上の女性は夢見るようなロマンティックな表情で、これは甘い甘いシュガー。同じモデルが、黒の長手袋をしてこちらに挑戦的な眼差しを向けると、こちらはスパイス。それもちょっとピリッとしそうな。
まあ、べつの言い方をすれば「飴と鞭」なんてのもありなのかもしれない。実際に鞭をもった女性まではダメだけれど、甘いだけではつまらないからちょっと辛み(高飛車、尊大、傲岸とかいろいろ)も、場面によっては欲しいよね、ということだろう。
それが男の求めるものだから、こんなふうにレコジャケになって、その願望を具現化しているのだ。
結局のところ、男はわがままでご都合主義なのだ。最低かもしれない。いや、「最低!」と罵倒して欲しいのかもしれない。さっきまで甘いシュガーだったきみに「最低!」と言われて、恍惚に浸る。
そんなスパイシーな一夜が訪れることを夢想している単純なオモチャ、それが男の本質なのだろう。