水をぶっかけた悪妻を天才・哲学者はいかにいなしたのか。
天才? 変人?あの哲学者はどんな「日常」を送ったのか。ソクラテス<中>愛と結婚編
それでもソクラテス夫妻はとても幸せ!?
いずれにしても、アルキビアデスの行動がアテネ敗戦の大きな原因となったのは確かである。敗戦後のアテネでは政局が不安定になり社会的不安が生じた。
その混乱の中でソクラテスが訴えられ、死刑判決が下されたのは紀元前399年のこと。だから、アルキビアデスは祖国の衰退の原因だけでなく、愛するソクラテスの死の原因を自らの行動によって生み出したこととなる。この時、アルキビアデスは既に亡くなっていたが、ソクラテスの裁判の様子をあの世からどんな気持ちで見つめていたのだろうか。
「悪妻」と呼ばれたクサンティッペは、子供たちと一緒にソクラテスが毒を飲んで死ぬ直前まで付き添っていた。
「あなたは不当に殺されようとしているのです!」と彼女が言うと、ソクラテスは「それならお前は、ぼくが正当に殺されることを望んでいたのかね?」と言ったという。幼子を抱きかかえながら「これであなたが親しい人たちと話すのも最後になるのね!」と泣き止まないクサンティッペを、ソクラテスは知人に頼んで無理矢理にでも家へ帰らせた。
こういった逸話からは、クサンティッペの激しい気性と共に、夫への深い愛情が感じられる。ソクラテスはいつも妻の激しい言葉や態度をユーモアと共に笑って受け止めていた。ソクラテス家は、元々はそれなりの資産を持ち、奴隷も従えていたそうだが、ソクラテスの放蕩のせいですっかり貧しくなり、奴隷も持たずに友人たちからの支援で生活していたようだ。
客を招いて食事をする時に、貧しさのためご馳走が出せずにクサンティッペは恥ずかしがった。それに対してソクラテスは「心配することはないさ。心得のある人たちならこれで我慢してくれるだろうし、つまらない人たちならそんな連中のことは相手にしなければいいんだから」と慰めたという。
働かずに一日中街の中をぶらぶらして、若者たちと議論ばかりするだけでなく、若い男の愛人まで作る夫に対して、妻であるクサンティッペが苛立ちを感じるのも当然だろう。だが、ソクラテスほどの器の大きさを持った男でなければ、ありのままの自分を受け止めることなどできないと彼女もわかっていたのではないだろうか。だから、いくらクサンティッペが後世の人たちから悪妻と呼ばれていても、ソクラテス夫妻はとても幸せな夫婦だったのではないかと思えるのである。【天才? 変人?あの哲学者はどんな「日常」を送ったのか。第三回】