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《失敗の本質》ダイヤモンド・プリンセス船内では感染経路遮断よりもPPEを着けることが目的化という「本末転倒」【岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉒】

命を守る講義㉒「新型コロナウイルスの真実」


 なぜ、日本の組織では、正しい判断は難しいのか。
 なぜ、専門家にとって課題との戦いに勝たねばならないのか。
 この問いを身をもって示してくれたのが、本年2月、ダイヤモンド・プリンセスに乗船し、現場の組織的問題を感染症専門医の立場から分析した岩田健太郎神戸大学教授である。氏の著作『新型コロナウイルスの真実』から、命を守るための成果を出すために組織は何をやるべきかについて批判的に議論していただくこととなった。リアルタイムで繰り広げられた日本の組織論的《失敗の本質》はどこに散見されたのか。敗戦から75年経った現在まで連なる問題として私たちの「決断」の教訓となるべきお話しである。


■PPEは一日で脱げず

 現場を指揮していた人たちは、DPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team:災害派遣精神医療チームの略。精神科の専門家)の人たちにはPPEを着せているから安全だ、と思ったのかもしれません。でも、PPEの正しい使い方を彼らは分かっていなかったんです。

 PPEとはPersonal Protective Equipment(個人防護具)のことで、用途によってさまざまな種類があります。
 感染症対策の場合は飛沫感染、つまりウイルスが飛んできてくっつくことから目や口を守るために、ゴーグルマスクをします。それに医療行為では患者さんの体を抱きかかえたりすることもありますから、接触感染を防ぐために胴体を守るガウンも着用します。
 ということは、患者さんを診たあとのゴーグルやマスクやガウンの表面にはウイルスがくっついている、という前提を当然持たないといけないわけです。
 ダイヤモンド・プリンセスの中では、ゴーグルやマスクを装着し客室に入って、DPATの人は患者さんとの面談をやる、検疫官の人はPCR用のサンプリングをするなど、いろんなことやっていました。
 そこから戻って来たときには、着けているゴーグルやマスクやガウンの表面にはウイルスがくっついている可能性が高い。

 ですから、PPEを使用するときには、「脱ぐ技術」が必要になります。
 いま着ているガウンを、ウイルスが付いているガウンの表面に触らずに脱ぐ。着けている手袋を、ウイルスが付いてる手袋の表面に触らずに取る。マスクの表面に触らずにマスクを取る。ゴーグルの表面に触らずにゴーグルを取る。そういうテクニックが必要なんです。
 PPEの脱ぎ方は、ただ知っていればいいというものではありません。できるようになるまで、何回も練習しないとダメなんです。
「知っている」ことと「できること」は意味が違いますよね。
 バットを振ってボールに当たればホームランが打てることを、知識としては誰でも知ってます。でも、打てるかどうかは分かりません。普通の人は打てませんね。
 ホームランを打てるようになるためには、ものすごくたくさんの訓練が必要だし、場合によっては才能も必要になります。

 同じことをPPEに当てはめると、「ガウンと手袋とマスクを、ウイルスが付着しないように脱いでください」と言われても、その方法が理解できても、「はい、分かりました」だけでいきなりできるようにはならない。何度も練習を重ねないと、できるようにならないんです。

 ぼくがアフリカでエボラ対策をしていたときには、看護師さんはもちろん、病院の掃除をする人や食事を配る人とかにも、まずガウンの着脱テクニックを教えないといけませんでした。
 患者さんのところに行く前に、これを何回も練習するんです。

「ガウンを着けて、脱いで……はい、いま触った、もう一回やり直し」と、何回も何回も繰り返して、はじめてPPEを扱えるようになるんです。
 DPATのメンバーである精神科の先生は普通、PPEの着脱なんてやったことがないわけですよ。いい悪いの問題ではなくて、専門外なのだからやったことがなくて当然です。

 では、きちんとPPEの着脱テクニックを身に付けてもらってから船に入ればよかったのか。ぼくが言いたいのはそういう話ではありません。
 人的リソースも限られたこの状況で、やったことのない人にガウンテクニックをまず身に付けさせるのが、そもそも無理筋だったんです。ということは、PPEを着けないといけないようなことは、そもそもやらないほうがいいんじゃないか。ここでも引き算の論理、厚労省が最も苦手とする考え方です。

 だから、DPATは船の外から、携帯電話を使って相談に乗ってあげればよかったんです。普段だったら面と向かってやるべきなのかもしれないけど、非常時なんだからテレビ画面でいいじゃないですか。

 そういうことを考えずに、訓練をしたことのない人に無理にPPEを着せて船内に入れて、できないのに脱がせるから、そこで感染者が出てしまったわけです。感染経路を遮断することがPPEを着ける目的なのに、PPEを着けることそのものが目的化してしまったから失敗したのです。

 だから、ぼくが船内を見て回ったときにも「DPATの人は船の中にいないほうがいいですよ」と言ったんですが、DPATが出る前に、その日のうちにぼくのほうが追い出されてしまいました(苦笑)。

岩田健太郎
「新型コロナウイルスの真実㉓ 」へつづく)

 

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岩田 健太郎

いわた けんたろう

1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。NYで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。日本では亀田総合病院(千葉県)で、感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任。著書に『予防接種は「効く」のか?』『1秒もムダに生きない』(ともに光文社新書)、『「患者様」が医療を壊す』(新潮選書)、『主体性は数えられるか』(筑摩選書)など多数。


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