《失敗の本質》ゾーニングはリソースも必要なく理想論でもない! ただ感染経路の知識があればできること【岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉓】
命を守る講義㉓「新型コロナウイルスの真実」
なぜ、日本の組織では、正しい判断は難しいのか。
なぜ、専門家にとって課題との戦いに勝たねばならないのか。
この問いを身をもって示してくれたのが、本年2月、ダイヤモンド・プリンセスに乗船し、現場の組織的問題を感染症専門医の立場から分析した岩田健太郎神戸大学教授である。氏の著作『新型コロナウイルスの真実』から、命を守るための成果を出すために組織は何をやるべきかについて批判的に議論していただくこととなった。リアルタイムで繰り広げられた日本の組織論的《失敗の本質》はどこに散見されたのか。敗戦から75年経った現在まで連なる問題として私たちの「決断」の教訓となるべきお話しである。
■ゾーニングがぐちゃぐちゃ問題
ぼくはSARSが流行ったときに北京にいましたし、エボラの対策でアフリカのど真ん中にも行きました。でも、エボラが流行っているアフリカのど真ん中に行っても全然怖くなかった。どうして大丈夫だったかというと、ここから先にはエボラがいる、手前はエボラがいない、というゾーニングが現地ではきちんとできていたからです。
エボラの場合もコロナの場合も、ウイルスが空を飛んでやって来ることはありません。感染経路は飛沫感染と接触感染しかない。だからゾーニングをしっかりしていれば、「ここでは感染は起きない」ということが、ちゃんと理屈として理解できるんです。
この知識に基づけば、危ないレッドゾーンに行くときには完全にPPE(Personal Protective Equipment:個人防護具)を着ける、レッドゾーンから帰ってきたら、PPEの表面にウイルスが付いているという前提のもとで丁寧に脱ぐ、ここから先は安全なグリーンゾーンだからウイルスを拡げないためにPPEは着けちゃダメ、といったことを判断できるわけです。
だから、ウイルスがいるかもしれない場所と、いないかもしれない場所がぐちゃぐちゃに入り交じって、どこが安全でどこが安全じゃないのか区別できない状況は、ぼくたち感染症の専門家にとってめちゃめちゃ怖いことです。
しかし、まさにダイヤモンド・プリンセスの中では、そこがぐちゃぐちゃになっていたんですね。
ゾーニングとはきれいと汚いをしっかり区別することなのに、ダイヤモンド・プリンセスの中では、PPEを着た人が歩き回ってるその横を、背広を着た人が歩き回っていました。ということは、どこがきれいでどこが汚いかまったく分からない。
PPEを着けているということはウイルスが付いているかもしれないってことですから、その人がレッドゾーンから出て歩き回っていたら、きれいなところが汚くなっちゃうわけですよ。
ゾーニングとは、言い換えると「PPEを着てはいけない場所(=きれいな場所)」と「着ていないといけない場所(汚い場所)」をしっかり分ける、というコンセプトです。それを理解しないで「PPEを着けていれば安全だ」というのは間違った幻想なんです。
ぼくがYouTubeでこのことを発表したのを受けて、「病院じゃなくてクルーズ船だからできなかったんだ」みたいなことを言う人が出てきましたが、そんなことはまったくない。それは素人の考えです。
だって、アフリカのど真ん中でだってできたんですよ。「ここから先は汚い」「ここから手前はきれい」というのをちゃんと分けることがゾーニングなのだから、何も特別な設備が必要なわけじゃない。ゾーニングなんて、どこでだってできます。
「リソースがないところで非現実的な理想論を唱えるのはダメだ」という意見もありましたけど、リソースなんか必要ない。あくまでコンセプトの問題なので、必要なものは頭だけです。ウイルスの感染経路の知識があるかどうか、それだけの問題です。
これは理想論でも何でもない。むしろゾーニングこそが現実に即した対策です。事実、ゾーニングができていなかったから、検疫官、厚労省の官僚、DPAT、DMATと、感染してはいけない人が次々に感染してしまった。
感染者は少なくとも14日間は隔離しないといけない。さらに、1人が感染しただけでも、その周りの濃厚接触者を全員、健康監視に入れないといけない。恐怖に慄き、風評とも戦い、と、いろんなことをしなくてはいけないわけでしょう。これこそヒューマンリソースの喪失です。
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