【失敗の本質】「神話にすがる」という官僚形式主義がもたらす悲劇の原像《岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉕》
命を守る講義㉕「新型コロナウイルスの真実」
なぜ、日本の組織では、正しい判断は難しいのか。
なぜ、専門家にとって課題との戦いに勝たねばならないのか。
この問いを身をもって示してくれたのが、本年2月、ダイヤモンド・プリンセスに乗船し、現場の組織的問題を感染症専門医の立場から分析した岩田健太郎神戸大学教授である。氏の著作『新型コロナウイルスの真実』から、命を守るための成果を出すために組織は何をやるべきかについて批判的に議論していただくこととなった。リアルタイムで繰り広げられた日本の組織論的《失敗の本質》はどこに散見されたのか。敗戦から75年経った現在まで連なる問題として私たちの「決断」の教訓となるべきお話しである。
■神話にすがる問題(その1)
そうは言っても、日本でも戦国時代には「みんなで頑張れ」って空気でもなかったと思うんです。戦国時代の武将って今の価値観から見ると、こすっからい、勝つためには何でもする感じがありますよね。ぼくの拙い歴史学的理解では。
多分、昭和の日本軍あたりから「みんなで頑張れば必ず勝ちはやって来る」みたいな精神主義が強くなってきましたよね。「補給がないと勝てないでしょ」という現実が、「補給がなくても頑張れ」という発想になる。銃で撃たれて死ぬよりも餓死者のほうが多いみたいな悲惨な戦い方をするようになる。
それが現代でも、「体力を残しとかないと勝てないでしょ」という現実が「体力が尽きても頑張れ」になってしまっているんです。
この「神話にすがる」という日本の悪癖が、ダイヤモンド・プリンセスへの対応にも影響していました。
日本政府はダイヤモンド・プリンセスの乗員・乗客に対して、船内に残して検疫をする、つまりウイルスの潜伏期間である14日間隔離した上で、発症しなかったら船から降ろす、というプランを立てました。
しかし、いざ検疫が始まった後も、おそらくは患者さんがどんどん増えていった。二次感染が起きていたわけです。
用語の説明をすると、この場合の一次感染とは「検疫が始まる前に起こった感染」のことで、二次感染とは「検疫が始まった後に起こった感染」のことです。
検疫の方針が決定し、隔離が始まったのは2020年2月5日です。それまでに拡がっていた感染が一次感染で、これはもうしょうがない。ただし、検疫するからには、それ以降の感染者、すなわち二次感染を絶対に出さないという覚悟が必要です。
一般的に、クルーズ船に感染者が出たときに最初に決めるべきことは、乗客・乗員を船から降ろすか、降ろさないかです。
船という空間は感染症にとても弱い。ダイヤモンド・プリンセスにも高齢者が乗船していましたが、その弱いところに死亡リスクの高い高齢者を留め置くのは、すごく危険です。だから本来ならできるだけ早く船から降ろして、隔離して、感染リスクをゼロにするのが定石なんです。
でも、下船させることが定石だとしても、現実には何千人という人を横浜で一気に降ろして、どこへ連れていくのか、という問題がありますね。実際に、NHKの報道によると、それについて菅官房長官や加藤厚労大臣は夜中の2時くらいまで喧々諤々の議論をしていたとのことです。
だから、現実問題として「船から降ろして隔離する」オペレーションが難しいことは、理解できる。
船から降ろすのが難しいので船内に留め置く、と決めたのなら、ウイルスの潜伏期間である14日の観察期間を設定して、船内で検疫する。観察期間内で発症しなかった人は、感染していないので解放する。期間内に発症した人は必要に応じて治療する。というオペレーションを採用することになります。実際に日本政府がとった選択はこちらでした。
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