【繰り返される失敗】目的、意思決定、責任は不透明。あるのは表向きの忖度《岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉚》
命を守る講義㉚「新型コロナウイルスの真実」
なぜ、日本の組織では、正しい判断は難しいのか。
なぜ、専門家にとって課題との戦いに勝たねばならないのか。
この問いを身をもって示してくれたのが、本年2月、ダイヤモンド・プリンセスに乗船し、現場の組織的問題を感染症専門医の立場から分析した岩田健太郎神戸大学教授である。氏の著作『新型コロナウイルスの真実』から、命を守るための成果を出すために組織は何をやるべきかについて批判的に議論していただくこととなった。リアルタイムで繰り広げられた日本の組織論的《失敗の本質》はどこに散見されたのか。敗戦から75年経った現在まで連なる問題として私たちの「決断」の教訓となるべきお話しである。そしてこのお話は、わずか7か月前の事実である——私たちは、変われるのだろうか、あるいは忘れてしまうのだろうか。
■CDCがない問題
ダイヤモンド・プリンセスの中のオペレーションでは、誰が指示を出しているのか。誰が意思決定をするのかが、結局最後まで不透明なままでした。
例えば、グリーンゾーンとレッドゾーンの仕分け一つ、いったい誰がやっていたのか誰も知らない。日本環境感染学会がやったような気もするし、厚労省の指示だったような気もするし、国際医療福祉大学の先生は、少なくとも自分はやってないと言っていました。そうすると、誰やねん、ということになる。
要は、全部政治で決めているから、誰がどんなふうに意思決定したのかは藪の中です。
アメリカの場合、トランプ大統領が、国の感染者が増えるといけないから、クルーズ船から人を降ろすな、と言い出しました。しかしアメリカのCDC(Centers for Disease Control and Prevention:疾病管理予防センター)はさすがに専門家なので、大統領が言っても突っぱねた。そこは偉かったですね。
これが日本だったら、安倍首相が「降ろすな」と言ったら降ろさなかった……というよりも、安倍首相が言ってるのか、加藤厚労大臣が言ってるのか、橋本副大臣が言ってるのか、厚労省の偉い人が言ってるのか、あるいは、厚労省の後ろにいるお抱えの専門家が言ってるのか、そのへんが全然分からない。
みんな裏で決めていて、意思決定のプロセスが分からない。どこまでが政治的な議論で、どこからが科学的な議論なのかも分からない。何を目的にした意思決定なのかすら公表されない。
ダイヤモンド・プリンセスでのオペレーションに関しても、2月18日にぼくが船に入るまで何の説明もなかったんです。検査を何件やって、陽性が何件出ましたというデータだけはありましたが、それがうまくいってるという意味なのか、失敗してるという意味なのか、どういう解釈がされているのか、今後どうするつもりなのか。そういったことに何の説明もなかった。だからぼくは不安になって、船内に入ったわけですよ。
感染研が慌ててデータを出したのは、ぼくがYouTubeを上げた次の日ですからね。それまでは、何もデータを出していない。本当だったら、その前から毎日出すべきだったんです。
新型コロナウイルスの感染が多くの国に拡がってから、韓国CDCもヨーロッパCDCもシチュエーションアップデート、つまり今回は何をしました、どういう状況になっていますという報告を公開し、毎日更新しています。
それに対して、検疫が始まった2月5日からぼくが入った18日までの間、ダイヤモンド・プリンセスについては検査の件数と陽性者の数以外、誰も何も言わなかったんです。情報公開はされていないし、意思決定のプロセスは不透明だし、そもそも誰が何に関与しているのかも分からないという、非常に危うい状況だったんです。
これは日本にCDCがないから起こった問題です。責任を持って意思決定をする専門家集団がいないから、どこからが行政問題で、どこからが政治の問題で、どこからが科学の問題なのかが不透明になる。
アメリカの場合は、CDCが意思決定をするとなると、トランプが横やりを入れようとしても突っぱねられる。意思決定がすごく分かりやすいですよね。
アメリカではトランプが、例えば地球温暖化については語ってはいけないみたいに、専門家集団に対して、いろいろ横やりを入れててすごく大変らしいです。
でも、やっぱりアメリカのプロたちは、いい意味でプライドが高いから、自分たちがつかさどるサイエンスを大統領への忖度に売り渡しはしない。科学は科学、政治は政治と分けて、それは筋が違うでしょうと、はっきりさせる。
日本はすぐ忖度しますよね。政治家が言ったら、官僚は絶対に逆らわないで、必ず忖度しますね、少なくとも表向きは。
(「新型コロナウイルスの真実㉛」へつづく)
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