【車いすのダイバー】障害があるかないかは問題なく「好き」とか「やりたい」という気持ちが常識を越えたエネルギーを与えてくれる
寝たきりゼロの老後をすごす方法/その壱
■浮力を味方にすれば自由が広がる!
私は、どうやら体を動かすことが好きなようであった。
どうして「どうやら」というかと言うと、「足の骨に余分の負担がかかることは、やってはいけない」と医者に止められていたので、私と体を動かすこと(スポーツ)とは、無縁に過ごしていて、自分の本当の気持ちが良く分からなかったからである。
そんな私が、大学時代にちょっとしたきっかけで始めた水泳がすっかり面白くなり、プールに通い詰めるようになった。
浮力と言うのは素晴らしいもので、どんなに激しい運動をしても、足に体重をかけずに済むことも、このとき発見したのである。
5年程たって,プールという箱の中を往復するのに少し飽きてきた頃、転勤で私と同じ職場に移動してきた先輩がスクーバダイビングをしているのを知った。その先輩の海の話が面白くて面白くて、私が余り熱心にその話を聞くもので、
「あなたもやってみたら」と、その先輩が私をインストラクターに紹介してくれた。
これが私とダイビングとの長いつきあいの始まりとなった。
今でこそスクーバダイビングは若い女性の間にも広く普及していて、誰でも楽しめるスポーツというイメージが定着しているが、19年前のその頃は、ダイビングはごく限られたタフな男のスポーツと一般に思われていたし、私自身そう思っていた。
障害があり、体力に自信のない私。だから、私が浮力調整のためのウエイトも含めて20キロ近くになる重い機材を付けて潜れるようになれると思っていたわけではなく、ただどうしても「やってみたい」という強い気持ちだけがあり、それが「無理だ」とか「他人に迷惑をかけるのでは」という抑圧を押しのけてしまった。
「好き」とか「やりたい」というのは常識を越えたエネルギーを与えてくれるようである。
先輩が紹介してくださったインストラクターは、
「ハワイで、四肢麻痺の女性がダイビングしているのを見たことがあるし、条件さえ整えばあなたも潜れるかもしれないね」と言って、私をダイビングスクールに受け入れてくれた。
私がそれまで出会って来た障害者に対する専門家(医者・教師・ワーカーなど)は、「それはあなたには無理、やめた方がいい」などと、私のやりたいことを止めてばかりだったから、柔軟で、前向きの考え方をする専門家に会えたことは本当にラッキーだった。この出会いは、私の専門家観を変える契機にもなった。
ところで、登山などと同様に、安全なダイビングををするために、海の中では、私たちは必ず二人以上のグループで行動し、一番体力や技量の弱い人に合わせて活動するのがルールである。だから、障害をもっている私は、いつもいつもグループの足を引っ張るのではないかと、ダイビングを始めた当初思っていたし、それが負担でもあった。
だんだん経験を重ねて来ると、「自然の力の偉大さや天候変化の激しさと比べると、障害のある人とない人の体力の差など、大したことではない」ということが分かってきた。海が荒れていたら、たとえベテランのインストラクターでも、ダイビングすることはできなくなるのだ。
自然の力は、それほど強大である。
それに、私は、どこでも眠れるし、たいていの物は食べられるし、なぜか船酔いもしない体質で、24時間生活をともにするツアーの中で、いつもいつも一番体力もなく、迷惑をかけ続けているわけではないことも分かってきた。
障害をもっていると、何事も(特に悪いことは)その障害のために起こるのだと、周囲の人たちも自分も思いがちになるが、それは自意識(障害者意識)過剰というものだということ、自然や世の中そんなに単純なものではないということを学んだ。
「障害をもったことがすべての原因ではない」
「自分もそう棄てたものではない」と考えられるようになった時、私の人生観も変わった。
11年勤めた東京都の仕事を辞め、大学院進学を決意できたのも、ダイビングの経験のおかげである。
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<略歴>吉野由美子 ブログ「吉野由美子の考えていること、していること」
1947年生まれ。 視力と歩行機能の重複障害者。先天性白内障で生後6ヶ月の時から、7回に分けて水晶体の摘出手術を受ける。足の障害は原因不明で3歳頃から大腿骨が内側に曲がる症状で、手術を3回受けて、68歳の時に骨粗鬆症から腰椎の圧迫骨折、現在は電動車椅子での生活。
東京教育大学附属盲学校(現:筑波大学附属視覚特別支援学校、以下:付属盲)の小学部から高等部を経て、日本福祉大学社会福祉学部を卒業。
名古屋ライトハウスあけの星声の図書館(現:名古屋盲人情報文化センター)で中途視覚障害者の相談支援業務を行ったのち、東京都の職員として11年間勤務。
その後、日本女子大学大学院を修了し、東京都立大学と高知女子大学で教鞭をとる。
2009年4月から視覚障害リハビリテーション協会の会長に就任する。2019年3月に会長を退任し、現在は視覚障害リハビリテーション協会の広報委員と高齢視覚リハ分科会代表を務める。
著書・執筆紹介
●日本心理学会 「心理学ワールド60号」 2013年 特集「幸福感-次のステージ」
「見ようとする意欲と見る能力を格段に高めるタブレット PC の可能性」
●医学書院 「公衆衛生81巻5号-眼の健康とQOL」 2017年5月発行 視覚障害リハビリテーションの普及
● 現代書棒 「季刊福祉労働」 139号から142号
2013年 「インターチェンジ」にロービジョンケアについてのコラム執筆 142号
● 一橋出版 介護福祉ハンドブック17「視覚障害者の自立と援助」
1995年発行