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韓国人シンガーKが日本の伝統を旅する「日本の千年のデザイン文化を感じる仕事」

第13回 名古屋黒紋付染 飯田優美堂 紋章上繪師・飯田勝弘さん 

 そして、今回、Kさんが訪れたのは、名古屋市西区にある飯田優美堂。
 伝統的工芸品名古屋黒紋付染紋章部門の紋章上繪師の飯田勝弘さんにお話を伺った。

 紋章上繪師とはどういう仕事ですか?

紋章上繪師の飯田勝弘さん(右)

飯田 日本には昔から紋章という、家柄や各種団体の系譜、格式、権威などを象徴した装飾的なマークがあります。その紋章を重要な式、人生の節目などで着る式服に付ける仕事です。

 紋章はいつごろからあるんですか?

飯田 6世紀半ばには、このような紋様があり、衣服や調度品につけるようになったんです。確立されたのは鎌倉時代、武士の時代になってからですね。戦のなかで敵味方を識別するためにも必要になったということですが、平和になった現代でも受け継がれているんです。

 家族ごとの印、マークとしての家紋が有名ですよね。

飯田 人間の顔が違うように、家紋にもたくさんの種類があります。同じものを使うことで家族意識を高めたり、他人と区別するためにも使います。

 今、お手元にあるのはどういう段階のものですか?

飯田 私が作った紋型紙と金網を縫い付けて、染め上げられた生地です。

 紋のところは白いままですね。

飯田 これでもまだまだですね。もっと白くするために漂白します。紋は白いほうが良いですから。

 きれいになりましたね。

飯田 ここから、ご注文を頂いた家紋を入れていきます。

 一気に書くわけじゃないんですね。

飯田 最初から濃い色で描くとしみこみすぎることもるので、薄いものを重ねて、濃くするほうが定着がいいんです。こういう感覚は経験の技ですね。

 あげは蝶の紋ですね。

飯田 ここから、線を引いていきます。細い線です。あげは蝶は生き物ですから、目が大事です。それでは目を入れていきます。

 失敗したりもするんですか?

飯田 ありません。失敗厳禁です。特に今の色留袖とか訪問着だと単価が高いですからね、50万も100万もする高いものですから、痩せる想いですよ。

 飯田さんの細かい手仕事をじっと見つめるKさん。飯田さんの手が止まるとほっとしたように力が抜けていた。

完成したあげは蝶の紋。

 こちらまで息を止めてしまいますね。細かいですね。すっごい緊張してしまいました。

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寺野 典子

てらの のりこ

1965年兵庫県生まれ。ライター・編集者。音楽誌や一般誌などで仕事をしたのち、92年からJリーグ、日本代表を取材。「Number」「サッカーダイジェスト」など多くの雑誌に寄稿する。著作「未来は僕らの手のなか」「未完成 ジュビロ磐田の戦い」「楽しむことは楽じゃない」ほか。日本を代表するサッカー選手たち(中村俊輔、内田篤人、長友佑都ら)のインタビュー集「突破論。」のほか中村俊輔選手や長友佑都選手の書籍の構成なども務める。


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