特急「ソニック」の旅(大分~小倉)
日豊本線を疾走する885系「白いソニック」に乗車
■特急「ソニック」の旅(大分~小倉)
2020年2月初旬、由布院の温泉旅館に滞在しての帰路、大分に出て、JR日豊本線を走る特急「ソニック」に乗車した。大分駅は、過去にも降り立ったことはあるけれど、ずいぶん久しぶりのこと。全面的に高架になってからは初めてなので、何もかもが新鮮であった。
大分駅が始発となる「ソニック」は、3番線に停車中。「ソニック」には2種類の車両があるけれど、今回乗るのは「ブルーメタリック」の883系ではなく、「白いソニック」と呼ばれる885系電車だ。昼下がりの人の動きが少ない時間帯のせいか、ホームは閑散としていた。ドリンクの自販機はあるものの、駅弁などの売店はない。階下に降りて改札口を一旦出ないと弁当にありつけないのは、勝手を知らない旅人にとっては少々不便だと思った。
フルムーンパスの旅だったので、6両編成の最後尾1号車となるグリーン車に乗る。1号車は、客室のドアが車体の中ほどにある。デッキに入ると、右側、運転台の方向がグリーン室で、左側は普通車の車室と分れている。グリーン室はこじんまりとしたスペースで、座席は全部で12人分しかない。通路をはさんで、1人席と2人席に分かれているけれど、よく見ると、2人席も微妙に離れている。見ず知らずの人が相席となった場合でも、それほど気兼ねなく座れるように配慮したようだ。小さなテーブルが、座席とは少しだけ離れ、独立して設置してある。扇形の風変わりな形状で、広げると倍に拡大できる。とはいえ、弁当を広げるには手狭で、車体が揺れると落下しそうな感じもする。見た目のカッコよさとは裏腹に、使い勝手がいいとは思えない。
定刻に発車。滑るように大分駅を後にすると、まもなく、右手に別府湾が見えてきた。しばらくは、海を見ながら走る。と言っても、海側を国道が並走している上、下りの線路もあるので、かぶりつきに海が見えるわけではない。さらに、もともと単線だった線路を山側に増設して上り線とした経緯から、地形の関係で、上りだけトンネルがある区間が複数ある。こうした事情から、必ずしも眺めが良いとは言えない。もっとも、下り線よりはカーブが少ないので、スピードは出ていて、大分と別府間の所要時間は、下り列車より1~2分速くなっている。
別府駅に停車。ホームの反対側には、先ほど乗車した「ゆふいんの森」が停まっていた。重い荷物を持って、「ゆふいんの森」から「ソニック」に乗り換えるのなら、大分駅よりも別府駅の方が便利であろう。
別府駅を出ると、しばらくは別府湾に沿って進むけれど、一部区間をのぞいて、やや海とは離れて走る。やがて、豊後豊岡駅付近からは、大きく右に曲がり、東に向かう。日出(ひじ)駅を通過するあたりからは、国東半島の付け根の部分に差し掛かり、海を離れて山間部に入っていく。カーブが多く、「ソニック」は車体を傾けながら力走する。振り子装置を巧みに働かせながら、それほどスピードを落とさずに先を急ぐ。座っていると心地よいけれど、トイレに立つと、揺れが激しく、取っ手などにつかまらないと、足元が心もとない。慣れないと乗り物酔いすることもあるから、みだりに車内を散策しない方がよさそうだ。
「ソニック34号」は、停車駅の少ない列車なので、杵築(きつき)駅には停まらない。その次の小駅は、中山香と書いて「なかやまが」と読む難読駅である。知らないと「なかやま・かおり」という人名と勘違いしそうな駅名だ。
気が付かないうちに、列車は、北西に進路を変えている。国東半島の付け根部分を通り抜けたあたりが宇佐。右手の小高い山の上に「USA」という表示が見えてきた。ロサンゼルス近郊のハリウッドにも似たような表示板があったので、それを真似したのだろうか?宇佐をローマ字で書くとUSA。もともとは、宇佐八幡宮で名高い歴史のある町なのだが、半ば冗談のように「九州の」いや「日本の」USA(アメリカ合衆国)を標榜しているかのようだ。宇佐駅の駅名標も星条旗を模した面白いイラストが描かれているとのことだったが、「ソニック34号」は猛スピードで通過したため、眺めることは叶わなかった。
列車はいつの間にか平地を快走し、駅館(やっかん)川を渡り、柳ヶ浦駅も通過。西へ西へと進み、別府駅を出て40分近く走ったのち、高架の中津駅に停車した。駅名標のイラストに描かれた人物は、1万円札でおなじみであり、慶應義塾を創設した福沢諭吉。中津は、彼が幼少の頃過ごしたゆかりの地である。
中津駅を出て、山国川を渡ると、福岡県に入る。宇島(うのしま)駅を通過すると、久しぶりに右手に海が見えてきた。周防灘だ。並走する道路もなく、間近に海を眺めることができる。海の向こうに見えるのは山口県であろうか?
豊前松江(ぶぜんしょうえ)駅を通過すると、海からは離れる。遠くに海が見え隠れする平地を走るうちに、左手から非電化単線の線路が近づいてきた。今川を一緒に渡り、しばらく進むと行橋駅に停車。単線のローカル線は、平成筑豊鉄道田川線であった。もっとも、列車本数が多くはないせいか、車両の姿はなかった。高架の行橋駅では、ホームの反対側に、ステンレスの普通列車が停車していた。これは日豊本線の車両で、小倉駅までの通過駅へ乗り継ぐには便利な列車ダイヤだ。
行橋駅を発車すると、左手は丘陵地帯、右手は臨海工業地帯が続く。苅田(かんだ)駅を通過すると北九州市に入る。最初の駅朽網(くさみ)は、北九州空港に一番近い駅だ。内陸部に入り、日田彦山線と合流する城野(じょうの)駅を通過。さらに、高速道路のインターチェンジの下をくぐり、南小倉駅を通過すると、左手にはJR小倉工場が姿を現す。工場の建物の間から、珍しい車両が垣間見えることもあるので目を凝らして探したが、この日は特に収穫はなかった。まもなく、山陽新幹線の高架橋と鹿児島本線と合流すると、右に大きくカーブしながら減速して、小倉駅のホームに滑り込んでいく。
この駅で列車の進行方向が変わるため、乗っていた人は一斉に立ち上がって、座席の向きを転換する。あらかじめ小倉駅で降りることになっていたので問題はないのだが、鹿児島本線の博多駅の手前で事故が発生したとのこと。博多到着が遅れるかもしれないので、お急ぎの方は、小倉駅で山陽新幹線に乗りかえるようにとの車内放送があり、車内は騒然とした状態になった。
ともあれ、下車して、列車の発車を見送った。小倉発車は定時だったが、どこかで長時間停車を余儀なくされるのかもしれない。無事に博多駅に到着できることを祈った。
小気味よいスピードで日豊本線を疾走する「ソニック」。観光列車ではないものの、水戸岡氏のデザインした車内は遊び心もあり、和のテイストで満たされた墨書のギャラリーは、ゆったりした気分で過ごすことができる。ドイツの高速列車ICEを彷彿とさせる車体とともに、魅力ある特急列車と言えるだろう。