【帯広刑務所編】晴天の日、久しぶりの「生」モンローウォークと母への思慕《懲役合計21年2カ月》
シャバとシャブと地獄の釜Vol.04
◼︎買い物行ったきり帰ってこなかった母
そんな懲役たちのおかしな行動に気がついた担当看守が呆れて言った。
「お前ら、どこ見て作業してるんだ。手元見てやれや、手元見て。そんなに女の尻を見たければ、シャバに出てからじっくり見れや」
すると懲役の一人が手を止めて、黒く焼けた顔の中に白い歯を覗かせると、ニヤニヤしながら担当看守に言った。
「オヤジ、今のなかなかいい女っすね。誰(オヤジ)の女房ですかね」
「あれはときどき見かける生命保険の女の人だべ。評判の美人だべさ」
釣られて、担当もニヤケる。実は、担当本人も、しばらく女の後ろ姿をエロい目で追っかけていたのだ。
そんな懲役囚のボクたちを嘲弄(ちょうろう)するかのように、保険屋のオネエさんはお尻をクイクイ振りながら雪道の中に消えて行く。
そのエロく、罪深いお尻は、飢えたボクたち懲役囚の妄想を掻き立てるには十分だった。
気を取り直し、再び、せっせと雪かきをしていると、かなり齢(よわい)のいったオバサンが同じ雪道を歩いて来た。しかし、一人を除いて、誰も振り返らなかった。いくら女に飢えている懲役であっても、使い古したババアには興味がなく、振り向かなかったのだ。
「いい女が通ったあとに歳食ったオバサンが歩いて来たけど、振り返ってじっと見ていましたね。もしかして年増がタイプなんですか?」
その日の昼飯の休憩時間に、ただ一人、振り返って見ていた懲役にからかい半分に訊いてみた。
すると、その懲役は寂しそうな顔をして、しんみりとした口調で言った。
「いや、違うんです。オレがガキの頃、買い物に行ったきり帰ってこなかったお袋に面影が似ていたもんで、つい……」
失礼なことを言ってしまったと、ボクは後悔した。五十路も下り坂のその窃盗犯には身寄りもなく、帰るところは保護施設であった。保護施設が引き取るくらいだから、シャバでドロボー稼業に精を出し、勝手気ままな人生を送っていても、刑務所に来ると真面目に務めていたのだ。
お袋さんは、その懲役がまだ小学生の頃、酒癖の悪かった父親の暴力に耐えかねて、買い物に行く振りをして、着の身着のまま一人逃げ出すようにして家を出て行ってしまったのだという。だから、母親に似た感じの女性を見ると、どうしても母親恋しさからその面影を追ってしまうのだそうだ。
そんな母親思いの懲役だから、昔、上野公園を歩いていたとき、雑踏の中に母親にとてもよく似た女性がいたので、つい母親恋しさからその女性のあとについて行ってしまったこともあったらしい。
しばらくすると、その女性が今にも泣き出しそうな顔をして後ろを振り向き、突如走り出したと思ったら、傍にあった交番へ、「変な人がついて来るんです。助けてください!」と、悲鳴を上げて駆け込んでしまった。
変質者に間違われたその懲役は、警察官に追われて上野公園の中を逃げ回ったという。思慕(しぼ)の念が強かった、その五十路も下り坂の懲役にとっての母親は、いつまでも大切なものだったのである。
この懲役も、母親がいれば、悪の道に迷い込むこともなく、犯罪者になってクソ溜めのような塀の中へぶち込まれることもなかったのかもしれない。
ボクはその懲役囚に自分自身を重ねて、切ない思いにさせられてしまったのだった。
(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜つづく)
【参考資料】
じんさん、大ヒット曲『異邦人』のシンガーソングライター久米小百合さんの(久保田早紀さん)の番組「本の旅」に出演いたしました。
https://youtu.be/TSFueav0fgk
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2020年5月27日『塀の中のワンダーランド』
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「ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜」です。