【絶望から希望へ:神戸刑務所編】高齢化する懲役の悲哀——ウンコ置き去り事件《さかはらじん懲役合計21年2カ月》
凶悪で愉快な塀の中の住人たちVol.35
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ある夜中、老人が便所に行ったあと、ボクが入れ替わりに便所へ立っていった。すると、流し場のコンクリートのところで何かを踏んづけてしまった。粘る感覚があったので、晩飯のときに落ちた飯粒でも踏んだのだろうと思い、大して気にもせずに用をすませ、布団に戻った。ところが、どうも何か臭うのだ。
ボクは布団から起き出し、部屋に点る豆電球の薄りの下で、目を凝らしてシーツを見た。すると白いシーツの所々に黒いシミができている。嗅ぐとウンコの臭いがした。
驚いたボクは、流し場のコンクリートのところまで行き、暗がりの中、目を凝らすと、兎のウンコのような丸い形をしたものが所々に落ちていた。
ボクは急いで足の裏を雑巾で拭き、落ちていたウンコも回収し、老人をそっと起こした。そして事情を説明し、チリ紙の中のウンコを見せた。
「ホンマに…‥」
老人の口からは、それ以上の言葉は出てこなかった。
皆が寝ているときにドタバタしても仕方ない。いいよ、オレがやるからと言って、そっと掃除をすませた。
「えろうすんまへんな」
申し訳なさそうな顔をしている老人を無理やり寝かすと、布団からシーツを剥がし、通りかかった見回りの看守に事情を話して、起床の時間までじっとして待った。
起床時間になるや、ボクは布団を畳み、石鹸で雑巾を洗い、コンクリートの床も洗った。
「サカハラさん、どないしはりました」
部屋の仲間たちが怪訝な面持ちで見ていたが、ボクはさすがに老人が夜中にウンコを漏らしたことをそこで言うのを躊躇い、「あとで工場の方で話します」と言った。
出役して行き、担当部長に呼ばれたボクは、夜中に起こった「ウンコ事件」の経緯を説明した。
「わかった。お前の布団は全部交換しとくさかい。大変やったな」と、部長が労ってくれた。
運動の時間になると、今度は部屋長に話をした。これからも同じようなことが起こると、老人自身が肩身の狭い思いをすることにもなるし、皆にも迷惑がかかるので、部屋長から担当部長へ、老人を独居へ部屋替えしてくれるように頼んだ。しかし、担当からは「独居が空き次第」と言われただけだった。
ボクの心配は的中した。老人が独居へ行く前に、危惧した「甘納豆事件」が再発してしまったのだ。
それで、「これじゃあ、かなわんな」ということになってしまい、もう一度、部屋長から担当に願いを申し出ると、他の工場から急いで借りた独居へ、老人は移って行ったのだった。そんな老人だったから、ボクは講堂の床の上で起きた「ウンコ置き去り事件」のことは黙ったままでいた。
(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜つづく)
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2020年5月27日『塀の中のワンダーランド』
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新規連載がはじまりました!《元》ヤクザでキリスト教徒《現》建設現場の「墨出し職人」さかはらじんの《生き直し》人生録。「セーラー服と機関銃」ではありません!「塀の中の懲りない面々」ではありません!!「塀の中」滞在時間としては人生の約3分の1。ハンパなく、スケールが大きいかもしれません。
絶望もがむしゃらに突き抜けた時、見えた希望の光!
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