家庭にいながら非日常を味わえる“コスプレ”エキゾミュージック【美女ジャケ】
【第16回】美女ジャケはかく語りき 1950年代のアメリカを象徴するヴィーナスたち
「美女ジャケ」とは演奏者や歌っている歌手とはまったく無関係な美人モデルをジャケットにしたレコードのこと。1950年代のアメリカでは良質な美女ジャケに溢れており、ギリギリセーフなエロ表現で“ジャケ買い”ユーザーを魅了していたという。このたび『Venus on Vinyl 美女ジャケの誘惑』を上梓したデザイナー・長澤均が、魅惑の美女ジャケについて独自の考察を語る。
■デザイナーが同じならモンロー風にしてもOK!?
この連載は当初10回分のコンテンツをつくって臨んだのだが、こうして予定をゆうに超えてみると、案外重要なテーマを最初のコンテンツに入れてなかったことに気づく。
第14回目のテーマである「足フェチ」ジャケも当初予定になかったものの、書いてみればアクセス数はかなり多かったから、こういうテーマは最初から思いついていないといけない。
と自戒した端からなのだが、今回のテーマ「コスプレ」。
なぜかこういう「当たり前」とも思えるテーマというのは、なかなか思い浮かばないものなのだ。
実際、美女ジャケをコスプレ視点で、もう一度洗ってみてもそう多くはない。ホンキートンク・ミュージックやディキシーランド・ジャズのレコードには、1900年代初頭のサルーン(酒場)の女性やカウガール衣裳の美女も登場するのだが、音のほうにも興味がなく、そのあたりはまったく無視してきてしまった。まあ、それほどグッとくる美女もいなかったのだが。
これがコスプレですか? と思うようなジャケを最初に紹介しておこう。スタンリー・アップルウェイトの「All the Things You Are」。タイトル曲の「All the Things You Are」は、1938年にミュージカルのために作曲されたもので、複雑に転調されていく凝った曲だ。
英語版のwikiには、コード進行とともにそのピアノ演奏も埋め込まれているので、興味のある方は検索してみてください。
筆者はスタンダード曲と呼ばれるもののなかでこれが一番好きで、あらゆる録音を探し続けた時期があった。
レコード・タイトルになっていればわかりやすいが、そうでないものがほとんどだ。レコ屋で、カツカツとチェックしながら「臭う」もの、つまり「All the Things You Are」が収録されていそうなものは裏面の曲目リストをチェックする。この嗅覚が案外当たるもので、こうして「All the Things You Are」が収録されていれば何でも買った。
やがてインターネットで検索できるようになる。ファイル共有ソフトで、音源をダウンロードできるようになって、レコ屋で苦労しなくても音源が入手できるようになった。それも2010年の著作権法改正でできなくなってしまったけれど。
まあ、そんな個人史はともかくも、「All the Things You Are」がタイトルのこのアルバムは、ジャケ写真も含めて強く惹くものがあったのだ。
美女の衣裳は、ふつうのドレスと思うかもしれないが、ギリシャ風の列柱小道具をスタジオに用意しているあたり、ハリウッドの歴史映画に出てくるような古代ローマの上流女性のイメージがあったはずだ。
拙著『Venus on Vinyl 美女ジャケの誘惑』では、このドレスを提供したのが、当時マリリン・モンローにも衣裳を提供していた、セイル・チャップマンというセレブ御用達のデザイナーであることを突き止めた。
だからどうということもないトリヴィアなネタですが。
ちなみに欧米でのギリシャ・ローマの古典美への憧憬は、こんな極東の人間には想像もつかないほど強い。1936年に製作されたSF映画の古典「来るべき世界」の衣裳など、古代ローマ風にフューチャリスティックなモダニズムを注入して未来の衣服にしたような感じだ。