家庭にいながら非日常を味わえる“コスプレ”エキゾミュージック【美女ジャケ】
【第16回】美女ジャケはかく語りき 1950年代のアメリカを象徴するヴィーナスたち
■コスプレは歴史と(異世界)空間を旅行できるタイムマシーンだ
そもそも人は何を指して「コスプレ」と言うのか?
そもそもハリウッドの歴史映画(Historical drama)のことは「コスチューム・ドラマ」とも言う。衣裳がまず、時代と設定を規定しているのだ。日本語にしたときのコスチューム、すなわち衣裳というだけの意味よりももっと奥深いものが衣裳のなかに込められている。
いまや「コスプレ」といえば日本が先進国のようになってしまったが、かつてはそうではなかった。その最高の例が、レイ・エリスの「ELLIS IN WONDERLAND」。
ハーマンミラー社のものと思しきモダーンなチェアに座っているのはレイ・エリスさん。それを取り囲むウサギだの、トランプだの、猫だのに扮したと思われる美女たちは言うまでもなく「不思議の国のアリス」から着想したもの。
そうそう、ここでもだれもスカートを穿いてない。リアルな現実から遠ざかるにはまず、スカートから遠ざかる必要があるのだ。
スタジオ・セットで背景に白樺風の木を置き、モダーンなデザインで攻める。いかにも不思議の国のように製版で色を重ねた発色も素晴らしい、美しいジャケットである。じつは「コスプレ」をテーマに稿を書きたいと思ったのも、このジャケをどうしてもどこかで取り上げたかったからだ。
レイ・エリスでコスプレ・ジャケはとどめを刺すのだが、追加で紹介したいものが1枚。イギリスのムード・ミュージックの大御所としてアメリカでも人気のあったノリー・パラマーの「In Tokyo In Love」。
60年代初頭には飽きられてきたエキゾ・ミュージックだが、日本のポピュラー・ミュージックだけで構成したオリエンタル・エキゾとして、1966年にこのアルバムはリリースされた。
欧米にも着物ジャケのレコードは少なからずある。東洋人のモデルを使って撮影したもの、あるいは日本で撮影したもの。でも、グッとくるジャケは少ない。
パラマーのこの作品は、端正な表情のモデルがじつに良い。しかもしゃがみ込み、こちらを見上げるポーズなんて、他のどんなアルバムでも見たことがない。
このジャケを撮ったカメラマンは日本に来たのだろうか? この美女も日本人か? 日本人の筆者が着物写真をコスプレというのもおかしなものだが、当時の西洋から見れば、着物姿も立派にコスプレだ。
ノリー・パラマー作品には良いものもあるのだが、この「In Tokyo In Love」は、パッとしない出来だった。音楽だけで言えば手放して良いものだが、このジャケでは絶対に手放せない。衣裳とは、それだけ人を惹きつけるものがあるのだ。
古代ギリシャ・ローマから中近東、さらに時空を隔てた宇宙まで経めぐり、着物に行きつく。コスプレ=衣裳とは、歴史と空間を旅行できる偉大なタイムマシーンなのだと思う。