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第28回:「歓迎会」

 

<第28回>

4月×日
【歓迎会】 

夜の22:00ごろ。打ち合わせ終わりに、僕はどこかで酒でも飲もうと、慣れない浜松町の街をひとりで歩いていた。
iPhoneで「浜松町  飲み屋」を検索。すると、グルメサイトのバナーに「歓迎会」の文字が躍っていた。
そうか、もう春である。歓迎会のシーズンだ。

ふと見ると、どの店の前にも、スーツ姿のサラリーマンたちが群れていた。その中に何人か、フレッシュな顔ぶれがちらほらと見受けられ、絶妙な半笑いを浮かべている。この春から入社した新人と思われる。歓迎会終わりのようだ。

そこそこ酔っているのであろう、店先で先輩サラリーマンたちは顔を赤らめさせ、会話を交わし、無意味にハグなどをし合いながら、店の前にだらしなくたむろしている。新人と思わしきサラリーマンたちは、その輪に入るでもなく入らないでもなく、非常に中途半端な立ち位置で、その歓迎会終わりのほとぼりをぼんやりと眺めている。

そこには、非常にぬるいエネルギーが漂っている。
「このあと、二次会はあるのか。それとも、帰るのか」

誰かが一言、「このあと二次会をやろう」と発言すれば、こんな「居酒屋の店先」などという誰にとっても思い入れのない場所で、明日には消えてなくなるコミュニケーションをとる必要はなくなる。

でも、誰も「このあと二次会をやろう」とは言い出さない。

先輩サラリーマンたちは、いまは盛り上がっているふりをしているが、心の奥底では「早く帰りてえなあ」としか思ってないはずだ。
なんせ、年度始めの飲み会である。特になんかしらの達成感があって飲みの席を開いたわけでもないので、盛り上がりも終始トロ火でしかない。しかもこれは歓迎会。新人が主役なわけで、その主役に一応は気をつかわなければならない。
その主役たちを横目でチラっと見ると、柱にもたれかかるなどし、ペットボトルのお茶を飲みながら、空虚な瞳を浮かべて佇んでいる。これでは、とてもではないが「二次会に行こう」などと言える空気ではない。
そもそも、自分はそんなイニシアチブをとる立ち位置にはいない。さりとて「じゃあ帰ろう」と言えるような場の冷め方もしていない。
どうなんだ?二次会はあるのか?それとも、ここで解散か?さあ、主役である新人よ!決めてくれ!

新人たちも「早く帰って、毛布をかぶって、アイスを食べたい」という、子ぐまのようなことを思っている。でも、諸先輩方がなんだか店先で楽しそうにたむろっているので、動くに動けない。本当はペットボトルのお茶なんか飲みたくない。思いっきりスマホとかいじりたい。でも諸先輩方の前でその行為はきっと失礼にあたるだろうから、手持ち無沙汰にお茶を飲む。
どうなんだ?二次会はあるのか?それとも、ここで解散か?さあ、先輩よ!決めてくれ!

ぬるい。実にぬるい。

それぞれの「できれば職場以外では仲良くしたくない」という想いが互いに交差し、それぞれが空気を変に読み合い、このぬるいエネルギーは生まれ、春の居酒屋の前にかようなサラリーマンの一群は形成される。
そこに「歓迎」という言葉は、ただ概念として宙をさまよっている。

僕も、バイトなどで色んな職場を経験してきた。
色んな歓迎会があった。

とあるファミレスのバイトの初日、やはり歓迎会があった。新人ぼくひとりのために催された、歓迎会であった。
そこに流れる生ぬるい空気が嫌で、僕は主役であるにも関わらず、ビールを一口だけ飲んだのち、トイレに行くふりをして、そのまま逃げ出した。

次の日、おそるおそる出勤すると、誰もその件に触れようとはしなかった。というか、途中で僕が離脱したことに、誰も気づいてはいないようだった。
では、僕がその場を去ったあと、いったい諸先輩方は誰を「歓迎」しながら飲んでいたのだろうか。
歓迎されるべき僕がいない席で、僕ではない「なにか」を歓迎しながらだらだらと飲み続ける先輩たち。その図を想像し、僕は少しだけ、ゾッとした。

今宵も「歓迎」という抜け殻のような概念だけが春の街に漂い、店先にサラリーマンはたむろし、そのうえに桜は散る。

  

 

 

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*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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