とにかく面白かった、又吉直樹芥川賞受賞の現場。そして、いとうせいこう候補作の場合
芸能人と文学賞②
歴代の「騒がれた受賞」とは比べものにならない、又吉直樹の芥川賞
二〇一五年七月一六日。とにかく面白い現場でした。
直木賞と芥川賞では、午後七時ごろに都内のホテルで受賞者の記者会見が行われます。直木賞ってどんな人たちが報道しているのか興味があって、私も足を運ぶようにしているんですが、やはりその夜の場内には、他の回とは違う熱気がこもっていました。
受賞者と作品名が貼り出された瞬間に、各所で挙がった叫喚に近いどよめき。「ほんとに又吉とっちゃったよ」とあわてて電話しているテレビクルー。ぞくぞくと人が集まってきて、ふだんは余裕で歩ける場内に、詰め込まれるように群衆が居並び、冷静に仕切っているはずの日本文学振興会の担当者を、「そこに人が立ったら映せないんだよ!」と怒鳴りつけるカメラマン。マイク片手に果敢に質問するレポーターが何人もいたのは、それが彼らのお仕事ですからいいとして、とくに質問する気もなさそうなのに、手ぶらで会場に来ているスーツ姿のおじさんおばさんの、何と多かったこと。いったいなぜあの人たちは、あそこにいたんでしょう。
「芸能人と文学賞」の組み合わせには、それだけ人を引きつける力がある……と言ってしまえばそれまでのことで、(こんな本を)だらだら書き続ける必要はないのでしょうが、こういうものを目の前にすると、つい何か言いたくなる気持ちは、私も多くの人たちと同じです。なので続けます。
文学賞界広しといえども(そんなに広くないか)、芥川賞の守備範囲は、エグいくらいに狭いです。ベースは『文學界』(文藝春秋)、『新潮』(新潮社)、『群像』(講談社)、『すばる』(集英社)、『文藝』(河出書房新社)という、読書好きを公言する人でさえ一生読まないままに死んでいくかもしれない純文芸誌に載った、だいたい一〇〇枚から二五〇枚の短編・中編しか相手にしません。要するに、読者層の中心が業界人と作家志望者というマニアックな専門誌向けの行事です。ちなみに直木賞は、それより多少枠は広いですが、歴史的な紆余曲折を経て、「定期的に四六判の文芸書を出している出版社とその書き手」を対象とするかたちに落ち着いています。いずれにしても、欲しい人が応募するシステムの賞ではなく、また「文芸メディア」と認められる出版社を介して発表されなければ、候補にも選ばれません。日本の小説界全体からすると極めて局所的なものといってよく、その受賞会見に毎回、大勢の人が訪れるのですから、まあたしかに、それだけでなかなか異様です。
文学賞のなかで芥川賞がどうしてこんなに飛び抜けて注目されるのか、みんな不思議に思いながら八十余年。マスコミで取り上げられる文学賞ナンバーワンの座を、他に奪われたことは一度もなく、何がどうエラいのかさっぱりわからない状況のなか、ここに芸能人がからむと、いっそう好奇の目が集まることは避けられません。又吉さんより少しまえ、一三年、一四年に候補になったいとうせいこうさんのときも、周囲のボルテージは相当高まりました。