とにかく面白かった、又吉直樹芥川賞受賞の現場。そして、いとうせいこう候補作の場合
芸能人と文学賞②
いとうせいこう芥川賞候補、現場での盛り上がり
いとうさんの「新人時代」はずいぶん古く、小説処女作の『ノーライフキング』の刊行が一九八八年ですから、筆歴は二五年以上を誇ります(誇ってはいないかもしれません)。当時から舞台、音楽活動でも名が知られ、途中ポッカリ小説を書かない時期はありましたけど、何しろおしゃべりの楽しい人ですから、放送界でもかなりのご活躍。久しぶりに発表した小説『想像ラジオ』が、三・一一震災を扱っていることでも話題となって、第一四九回芥川賞の候補に挙がったときには、こんな感じに沸きました。
普段は新聞社の記者ばかりの選考会会場には、テレビカメラも入り、人気キャスターの山岸舞彩も足を運ぶにぎわいだった。(『日経エンタテインメント!』一三年九月号「INSIDE REPORT 芥川賞・直木賞」 ―文・平山ゆりの)
さすがにいとうさんの場合は、古くから文芸界隈での活躍があったので、「芸能人の小説」という色は薄いですが、しかし自らの創作について「以前はタレントが小説を書いていると言われるのが嫌で、ユーモアを禁じていたんです。」(『週刊現代』一三年一二月一四日号インタビュー)との回想もあります。やはり芸能人小説はどこか真面目じゃない、と見られる風潮に、いとうさんも巻き込まれた時期があったんでしょう。
『想像ラジオ』は結局、文芸新人三賞と呼ばれる三島由紀夫賞、野間文芸新人賞、芥川賞のすべてで候補になった三例目の作品となり、まえの二例(町田康『くっすん大黒』、ただし芥川賞のとき候補になったのは同題の短篇、本谷有希子『ぬるい毒』)と同じように、三島賞と芥川賞は落とされ、野間新人賞だけ受賞。とくに芥川賞でなければ無意味ということもないので、価値ある受賞ではあったんですけど、とにかく野間新人賞の地味さは筋金入りで、いとうさんのタレント性をもってしても、振り向く人は少数でした。
野間新人賞はライブの舞台、三島賞はローカルのテレビ番組で、芥川賞は全国ネットのゴールデン。……などと誰が言ったか、そんな喩えが成立するほど、世間が受けるイメージには大きな差があります。そのなかで、いちばん知られているものが最上級だと、つい考えてしまうのは、浅はかというよりも、人間社会が育んできた常識的な思考法なんでしょうが、いとうさんのとったのが芥川賞だったら、まず祭りになっていたに違いありません。いや、少なくとも、謙虚さを煮詰めたような生真面目さで、ぼそぼそ話す又吉さんよりは、楽しい受賞会見をしてくれたものと思います。