【「地名」列島ニッポン】多様な地名は豊かな自然と悠久の歴史からうまれた《47都道府県「地名の謎」》
6世紀の漢字の輸入により急激に増えた地名。現代に至るまでの変遷を追う[地名の成り立ちと変遷]
■廃藩置県により国名廃止 現在の都道府県が成立
明治時代に入って、1000年以上続いた律令時代の国名が廃止されて現在の都道府県が実現することになる。
明治2年(1869年)の「版籍奉還」(土地・人民を朝廷へ返還する政策)を経て、明治4年(1871年)7月に「廃藩置県」が行われた。
廃藩によって3府302県ができたが、余りに多いということで、同年11月までに3府72県にまで統廃合された。
しかし、それ以降もそれぞれの地域の名称は紆余曲折を繰り返し、明治の中頃になってようやく現在の都道府県名が確定することになる。
◼︎市制町村制が現在の原型となった
近代の地名の歴史上特に重要な役割を果たしたのが、明治22年(1889年)に施行された「市制町村制」である。これによって江戸時代から続いてきた村々が統合された。
およそ300戸から500戸を目途に統合したもので、この大合併によって、それまで、7万1314あった町村数が1万5820町村に激減した。この市制町村制によって確定した行政名が現在の市町村名の原型となっている。
戦後になって市町村合併はさらに進み、昭和28年(1953年)の「町村合併促進法」は人口8000人以下の町村を合併させるものであった。
昭和37年(1962年)の「住居表示に関する法律」では、主に都市部の町名を「〇〇三丁目3番7号」といった形に変更した政策であった。
これによって古来伝えられてきた多くの地名が消えた。
そして、平成11年(1999年)から平成22年(2010年)にかけて行われた平成大合併である。
市町村数を合併開始時と終了を示すと下記のようになる。歴史的評価はこれからだが、都市部への一極集中が進み、周辺部は衰退するという現象を生んでいる。
◉市町村の総数の変化(行政地名は減少傾向)
平成11(1999)年4月 総数3229(市671 町1990 村568)
平成22(2010)年3月 総数1730(市786 町757 村187)
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