「原爆、終戦、独裁者ヒトラー最期の40時間の安息」1945(昭和20)年 【連載:死の百年史1921-2020】第1回 (宝泉薫)
連載:死の百年史1921-2020 (作家・宝泉薫)
◼︎ヒトラーを「生きて生きぬいた代表的な人間」だと評した室生犀星
さて、世界的に見れば、この年を象徴する最大の死者はドイツのアドルフ・ヒトラーだろう。日本にもたらした影響も小さくない。日独伊三国同盟を結んで共闘した国の指導者というだけでなく、英米相手の戦争に踏み切れたのも、ヒトラーの神がかり的な強さをあてにしたものだったからだ。半藤一利は、こんな指摘をしている。
「ドイツが勝つということだけを頼みにしている。つまり、この国は、ドイツの勝利という他人のふんどしで相撲を取るつもりで、大戦争を決意したんですね」
しかし、結果は周知の通りだ。膨大な数の人間から未来を奪ったヒトラーも、4月下旬、未来に絶望する。自殺を決意し、遺書をしたため、内縁の妻だったエヴァ・ブラウンと正式に結婚した。その40時間後の4月30日、ベルリンの地下壕で青酸カリを飲み、自らの頭をピストルで撃ち抜いて、56年の生涯を終えるのである(エヴァも一緒に青酸カリを飲み、死への旅をともにした)。
同い年でもある室生犀星は『随筆 女ひと』のなかで、ヒトラーを「生きて生きぬいた代表的な人間」だとしたうえで、その最期についてこう書いている。
「(略)結婚したあいだの愉しさは、世界を敵に廻して戦ったこの英雄のむねに、何と女というものが人間の命が明日はどうなるか判らないという日に、いかに美しく頼りになるものだかを知らせてくれたことであろう。恐らく世界のなにものも既ういらないが、ひとりの女だけを抱いたヒットラーは、人間の最後にたどりついたところに女がいたことを予想外な気持で、そして有難く思ったことであろう」
この年は、世界史上最も多くの人間が死んだ年かもしれない。それゆえ、いっそう厳粛な気持ちにさせられる。命のあり方について、深く考えさせられる年である。
文・宝泉薫(作家・芸能評論家)