作家・森博嗣と天才ホームランバッターの共通点
本のプロが読む、森博嗣『道なき未知』(大盛堂書店 山本亮さん)
「もし道に迷う人がいるならば、本書はその周りに自然に漂っているような、大きなヒントとなる」
――大盛堂書店 山本亮
昔、プロ野球で活躍した天才的と称されたあるホームランバッターの練習の一つに、大きな鏡の前で素振りをせずに、黙々とバットを振る前の構えを入念にチェックしていたというものがあったそうだ。その不可思議にも思える振る舞いでも、おそらく彼にとっては合理的で、その先の芸術的な打球が放物線を描くための大事な手順だったはずだ。
森博嗣氏というとその作品を読むたびに、独善的でない考え方による計算しつくされた「合理的な道理」を持つ小説家だと感じていたが、本書を読了して新たに別な魅力を見つけた気がした。文章の端々には説教臭い信念は見られない。禅問答にも思える箇所もあるし、「ふらふらとしている」と思う人もいるだろう。でも読み進めるにつれて、そこには著者の著述を含めた日常生活に欠かせない道理が見えてくる。
くだんのバッターもそうだが、自らの頼む先の道を行くのにはそれぞれに理由がある。そして著者は次のように記している。「あとは地道に前進する以外にない。もちろん、途中で引き返して、別の道も歩ける。その決断もまた、あなたが決めることである」。もし道に迷う人がいるならば、本書はその周りに自然に漂っているような、大きなヒントとなるはずだ。
(大盛堂書店 山本亮)
【第38回 言葉より数を見る】
【第39回 「甲斐」VS「やすい」】
【第40回 掃除をした人は綺麗に見える】
(著者プロフィール)
森博嗣 もり・ひろし
1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。以後、続々と作品を発表し、現在までに300冊以上の著書が出版され人気を博している。小説に『スカイ・クロラ』、『ヴォイド・シェイパ』、『ダマシ×ダマシ』、『青白く輝く月を見たか?』など。エッセィに『自分探しと楽しさについて』、『小説家という職業』、『科学的とはどういう意味か』、『孤独の価値』、『作家の収支』、『夢の叶え方を知っていますか?』などがある。