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第42回:「ヤッホー」

 

<第42回>

7月×日

【「ヤッホー」】 

 

山登りをした。

 

大人になってから山を登るのは、これが初めてかもしれない。登山ブームとは聞いていたが、若い女性が山道を大挙して歩いている様子には、ちょっと驚いた。しかも「ズッキーニ、大好き!」「一眼レフカメラで猫とかカフェラテ撮るの、大好き!」「直島の大竹伸朗の銭湯、入りたい!」みたいなタイプの女性ばかりなのである。

これが山ガールか、と少し感動した。「ラピュタは本当にあったんだ!」に連なる感じで、「山ガールは本当にいたんだ!」と心が震えた。

自分が子どもだった頃、山にいる女性へのイメージといえば「肉、大好き!」「出刃包丁で鶏とか小坊主追いかけ回すの、大好き!」「お風呂は生まれてこのかた、入ってない!」だった。まあつまり、山姥なのだが。

 

知らぬ間に、山がこんなにも垢抜けていたとは。山ガールたちのカラフルなウィンドブレーカーをかきわけ、なんだか急勾配の吉祥寺を歩いているような錯覚に陥りつつ、山頂へと到着した。

 

適当なところに荷をおろし、山頂からの景色を眺める。高い山ではないので、昼過ぎの山頂には次々と人がやってくる。山ガールたちもあちらこちらでお弁当(勘だけどパンケーキとパプリカ)を広げ、ハイキングを満喫している。

なんだか、山頂にオシャレーというか、OZマガジーンというか、非常に都会的な匂いが漂っているではないか。そうかそうか、山はいま、カルチャーの最前線なのだな、ということは山頂に佇む自分は最先端カルチャーに敏感な男に違いない。と、ひとり悦に入った。

気分がよくなったので、遠くに見える山脈に向かって「ヤッホー!」と叫んだ。

 

すると、夫婦とおぼしき中年の二人組が山頂に現れた。そして荷物をおろすなり、僕と同じように、こう叫んだ。

「ヤッホー!」。

続けざまに、こんどは遠足であろうか、小学生の団体がやってきて、またしても口々にこう叫んだ。

「ヤッホー!」「ヤッホー!」「ヤッホー!」。

 

いや、「ヤッホー」って。

聞いているうちに、僕は不思議な恥ずかしさをおぼえていた。

「ヤッホー」。なんて間抜けな響きなのだろう。「ヤッ」の勢いだけな感じ、「ホー」の時代遅れな感じ。

「ヤッホー」。

最先端の若者が群れている山頂に、中年や子どもたちの「ヤッホー」が響きわたる。

僕は赤面した。家に友人を招いて「アメリ」とかをDVDで観ている最中、親がシミーズを着たまま掃除機をかけはじめたり、弟が「お兄ちゃん、僕のミニ四駆、どこにやった?」と声をかけてくる。そんな恥ずかしさを山頂で感じていた。

そしてさっき、自分も「ヤッホー」と叫んでしまったことに、強い後悔を抱いた。

2014年の現在も、山にどんなに若者が訪れようとも、「ヤッホー」は生き残っている。

だいたいにおいて、人はなぜ山頂でまるで義務のように「ヤッホー!」などという間抜けな言葉を叫ぶのであろうか?

「俺の屍を越えていけー!」

もっと、かっこいいことを叫ぶべきではないのか?

「人はいつか、死ぬー!」

もっと、真理の言葉を叫ぶべきではないのか?

「潰れたピンポン玉は、お湯に浸けると元に戻るー!」

もっと、生活のお役立ち情報を叫ぶべきではないのか?

なぜ、あまたある言葉の中から人は「ヤッホー!」を選び、叫んでいるのだろうか?

 

「ヤッホー」に溢れる山頂に居づらさを感じた僕はそそくさと下山し、麓の喫茶店で「『ヤッホー』の意味」を検索した。

・「ヤッホー」の語源については、諸説ある。

・スイスのヨーデルが変化したもの、というのが今のところの最有力説。

・山で「ヤッホー」以外の言葉、たとえば「おーい」とかを叫ぶと、遭難者と間違われてしまうので、「ヤッホー」と叫ぶのがマナー。

など、色々なことがわかったが、これらの情報を統合して辿り着いた結論は、これだ。

 

・「ヤッホー」に意味なんて、ない。

 

そう、意味なんてないのだ。まったく意味も思想も主張もない言葉を、人は山頂で叫んでいるのだ。

当たり前に使っていた「ヤッホー」、実はそれに実体がなかった。

なんか、ゾッとした。

「昨日、久々に山であいつに会ってさ」

「え?あいつなら、もう五年も前に、死んでるぜ…?」

そんな怪談のオチ気分になった。

 

喫茶店から出ると、山の上から「ヤッホー!」の叫びが聞こえてきたような気がした。

急ぎ足で、僕は家へと帰った。

 

 

 

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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