「エール」五郎「麒麟」義昭の共通点、朝ドラ・大河における戦争観の歪みと葛藤を考える【宝泉薫】
■戦後、低く見られがちな軍歌の再評価も
ちなみに、最終回の日、BSテレ東では「武田鉄矢の昭和は輝いていた」が伊藤久男を特集していた。古関の盟友のひとりで、劇中では佐藤久志のモデルとなった歌手だ。こちらでは、ふたりの代表作でもある軍歌「暁に祈る」がちゃんと紹介されていた。これの作詞は野村俊夫(劇中の村野鉄男のモデル)であり、福島三羽ガラスのコラボ作として、本来「エール」の最終回にもふさわしい曲だったはずだ。
また、伊藤がヒットさせた西條八十、古賀政男コンビの軍歌「熱砂の誓い(建設の歌)」も紹介され、日本史学者の刑部芳則が大東亜共栄圏の「建設」について言及。司会の武田もこんな指摘をした。
「アジアがみんな協力して、西洋社会に対抗するような、東洋の理想を作るんだっていう。すごいアイデアがそこにあったことだけは、どっかでわれわれ戦後世代も知っておかないと。(略)その歌の奥の奥にある、ある時代に日本人の胸のなかに流れ込んだ理想みたいなものも、ともに思い出していただけると、戦前の歌っていうのは、ただ単に懐かしいとか、軍国主義だけでは片付けられない、何かがありますね」
戦後、低く見られがちな軍歌の再評価も試みられていたのである。
それでも「エール」は、戦争の描き方においてバランスをとろうともしていた。たとえば、お笑いトリオ・ハナコの岡部大が演じた田ノ上五郎の姿だ。主人公の元弟子で、その義妹と結婚する男だが、軍歌の仕事を批判して、こう懇願する。
「先生には、人を幸せにする音楽を作ってほしいんです」
そして「戦わなければいいのです。戦いがなければいいのです」「戦争に行く人が増えれば、無駄に死ぬ人が増えるだけです」と主張するが、ここで主人公が珍しく声高にキレるのだ。
「命を無駄と言うな!」
すると、このやりとりを別の場所で聞いていた五郎の妻が、姉(主人公の妻)にこんなことをつぶやく。
「あのね、五郎ちゃん、キリスト教に入信したの。あの人、真っ直ぐすぎる。ちょっと不安」
この台詞のおかげで、平和=善と決めつける「正義」の怖さも語られることとなった。「命を無駄と言うな!」というのもまさにその通りで、どんな戦争にも意味がある。「エール」がそれなりに多角的な描き方をしようとしていることが感じられ、少しホッとしたものだ。