島津義弘が残した薩摩武士の心意気を示す名言
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来年の大河ドラマの主人公、西郷隆盛の出身、薩摩藩の藩主島津家は、勇猛果敢な一族として戦国の世に家名を轟かせていた。関ヶ原合戦で敵中突破を試み、島津の名を全国に響かせた島津義弘も名言を残している。歴史研究家の渡邊大門氏がその名言を解説してくれた。
たとえ討たれるといえども
敵に向かって死すべし
敵に向かって死すべし
島津義弘
「島津義弘は、関ヶ原合戦に西軍の一員として出陣した。しかし、開戦当初から敗戦は濃くなり、寡兵の島津勢も戦場から離脱し、薩摩へ帰還せざるを得なくなった(「島津退(の)き口」)。猛将の義弘にとっては、無念だったに違いない。この言葉は、そのときに義弘が配下の者に述べたものだ。
文字どおり、たとえ敵に討たれることがあっても、後ろから討たれるより、敵に向かって討たれる覚悟を見せよ、ということになろう。島津氏が関ヶ原から離脱する際、家臣は義弘らを逃がすため、途中で立ち止まって敵と戦い、時間を稼いだという。敵の前に踏み止まるという家臣の強い覚悟がなければ、薩摩への帰還は果たせなかっただろう。まさしく薩摩武士の心意気を示す言葉だ。」