フセイン、アラファト、国連事務総長・ガリ、小池百合子に「交渉術」を体得させた名門大学
交渉術はこの大学の必須科目だ カイロ流交渉術①
カイロ大学。
エジプトの名門に学び世の中に大きな影響を与えてきたのだ。自身もカイロ大学で学んだ浅川芳裕氏が記した新刊『“闘争と平和”の混乱 カイロ大学』が話題を呼ぶ。浅川氏による「カイロ大学」の秘密。
交渉術は必須科目だった!!
老獪【ろうかい】な交渉術を日々、身につけられるのも、カイロ留学のメリットのひとつです。
交渉術は混乱の中で生きていくのに不可欠な技術です。現実世界では、交渉次第で不可能が可能になることもあります。ただし、それにはスキルが必要です。古代から人々の交流、物品の商流が盛んなカイロはそのための技が発展してきた歴史があります。カイロは交渉術の格好の学び場なのです。
カイロ大学では入学からして交渉術は必須です。日本人向けの入学枠がなく、入学試験さえありません。大学院に留学するのであれば、日本の大学からの推薦や受け入れ先のカイロ大学との協議でまだ可能性はあります。また、アラブ系の学生であれば国同士の協定があり、受け入れ体制が整っています。しかし、日本の高校卒業後、直接、カイロ大学に入学する正規のルートは存在しません。
では、どうやって入るのか。
いちばんシンプルな方法は、「入れてくれ」と直談判することです。冗談ではありません。著者や東京都知事の小池百合子氏はこの方法でカイロ大学へ入学しました。
小池氏の場合、文学部学部長に直談判しています。最初はアラビア語の語学力不足で「ノー」回答でした。猛勉強の末、改めて交渉し、入学許可を勝ち取っています。
私が留学した1992年当時、カイロ大学との直接交渉の道は閉ざされていました。ちょうど学生運動やテロ事件が相次ぎ、国家による大学管理が厳しくなった時期です。何度、カイロ大学に行っても所管省の高等教育省に行けといわれます。
同省の窓口の中年女性に聞きましたが、「入れない」の一点張りでした。そこからが交渉の始まりでした。「入れない理由はなんですか」と理詰めで迫ります。「入れない理由」がわかれば、それをつぶせば入れることになります。「理由をいってくれ」と詰め寄りました。
しかし、窓口のおばちゃんはまったくやる気を出してくれません。エジプトの公務員は終身雇用で、入ってしまえば定時から定時までいれば、何もしなくても給料がもらえます。窓口で人が列をなしていても、中で同僚同士お茶を飲んで、おしゃべりしているというのは普通の光景です。
それでも窓口がここしかないので、毎日、高等教育省に通いました。私の姿を見るとおばちゃんは露骨にイヤな顔をします。それでもこちらは元気に挨拶をして、いつものようにどうすれば入れるのか、私の入学の件はどうなったのかと聞き続けました。毎日通うのもたいへんなので、高等教育省の目の前のアパートに引っ越しました。暇さえあれば、一日のうちになんども顔を出して、おばちゃんが窓口の向こうで昼ご飯を食べているときに、「私の入学手続きはどうなっていますか」と聞くわけです。そんなことを続けるうちに、相変わらずおばちゃんは何もしてくれないのですが、ときどき世間話などするようになりました。
それでも、上司が海外に出張していて確認が取れないなど、何かと拒む理由をつけます。エジプトでは官僚主義が染みついており、とにかく余計なことをしないことにかけては徹底しています。多くのエジプト人は「事なかれ主義」で、消極的自由を楽しむ人たちなのです。
カイロ大学の新学期が10月からだったので、なんとしてもそれまでには許可を取りたかった。毎日、それこそ朝、昼、夕方と通いつづけました。おばちゃんは「あんたは悪魔だ」とか「あんたが夢に出てくる」などというようになりました。
(『“闘争と平和”の混乱 カイロ大学』より構成)