【喧嘩商売】プロレスラー・力道山が最強柔道家・木村政彦を公開処刑にした「昭和巌流島」から66年、暴力はどこに消えた【1954.12.22プロレス日本選手権試合】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【喧嘩商売】プロレスラー・力道山が最強柔道家・木村政彦を公開処刑にした「昭和巌流島」から66年、暴力はどこに消えた【1954.12.22プロレス日本選手権試合】

平民ジャパン「今日は何の日」:11ニャンめ

◼︎ならず者に憧れる国民性——日本の暴力の系譜

 日本人、日本文化はもともと、暴力をよしとしてきた。ならず者を許容し、ときとして讃えてきた。江戸時代には斬り捨て御免、仇討ちがあった。幕府は様々な暴力装置をもって各藩を支配した。諸外国同様、刑罰は獄門、磔、火刑などの残虐な方法が、明治に入っても数年間は、そのまま採用されていた。
 富国強兵からの日清、日露、第一次世界大戦、日中戦争、第二次世界大戦での自滅に至るまで、戦争という究極の暴力を寧ろ「やる側に立って」歓迎し、日本人は生きてきた。
 明治から大正にかけて生まれた議会政治、とりわけ当時の政党は院外団(党員、秘書、学生などの”腕力団”)、壮士(活動家を装うゴロツキ)という私兵、「突撃隊」を抱えていた。中国大陸、朝鮮半島には大陸浪人と呼ばれた国家主義者、活動家たちがいた。彼らはみな暴力を当然視する世界観を持っており、その実行者だった。死と狂気を美としていた。江戸時代からの伝統を引き継ぐ裏社会の顔役、やくざ者(博徒、テキ屋、愚連隊)が、権力者の周囲を取り巻き、支えていた。そこに「国粋主義(右翼)団体」退役軍人が結合して、近代日本政治と切っても切れない、民間暴力装置が確立した。
 当初は社会主義者、組合活動、反体制勢力を抑え込むために金で雇われていた彼らは世相と法制によって規制を受け、姿かたち・スタイルを変えていった。

 しかし、いまでもその体質は、この国の底流にある。

 それらは、あらゆるアンダーグラウンドの利権・ビジネスと密接に結びつく。彼らは忌み嫌われながらも、どこかで好意も寄せられるという、不思議な存在であり続ける。刀狩をされて久しい日本において、武器を持つのは、軍、警察、そしてヤクザだけだ。悲しいかな、人々は暴力を恐れる一方で、暴力にあこがれを持ってしまう。

 戦後は、左翼と右翼、体制と反体制が、暴力で対峙する時代でもあった。
 武装共産党、三井三池争議、60年安保闘争、浅沼稲次郎暗殺、全共闘運動、三島由紀夫自決、連続企業爆破・連合赤軍、中核派と革マル派の殺戮戦という流れの中で、政治的暴力活動、暴力組織は疎まれ、死滅していった。
 右翼テロの多くは未遂、未達、未解決に終わり、公の記憶には残っていない。それだけ巧妙、脅迫効果があったとも言える。
 広域暴力団の抗争だけが映画化され、エンターテイメントの一大ジャンルとなった。その客は力道山に熱狂した者たちと同根だった。

 80年代の終わり、言論・報道に対するテロ、赤報隊事件が起きたが、未解決のまま公訴時効を迎え、闇に消えた。

 90年代、オウム真理教が組織的破壊活動を試みたが、当事者の多くは死刑執行され、これも歴史の闇に消えた。

 秋葉原通り魔殺人事件(2008年)、相模原障害者施設殺傷事件(2016年)、大口病院連続点滴中毒死事件(2016年)、京アニ放火殺人事件(2019年)のような、新しいタイプの、個的で、凄惨な大量虐殺事件が増えた結果、殺してもせいぜい一人や二人の極左極右の政治テロや、ヤクザの抗争はメディア的にもインパクトを持てず、影の薄いものとなった。

 市民社会において、物理的な暴力はご法度の最たるものとなり、言葉の暴力、言葉遣いの文脈、無言の圧力ですら、とがめを受ける時代となった。手を挙げることは刀を抜くことほど重くなった。

 しかし、社会から暴力が消えたのではない。

 暴言はネットに溢れかえる。暴力は形を変え、進化して、巧妙に地下に潜った。すべての契約書には「反社会的勢力排除条項」があり、表の社会から暴力団を締め出すシステムがデフォルトになった。
 暴力団お断り、入れ墨お断りの貼り紙はあちこちにあるが、「本当に悪いやつお断り」と書いたサインは無い。
 半グレがヤクザにとってかわり、特殊詐欺、情報商材、サイバー犯罪を筆頭に、組織的犯罪は増殖し続けている。貧困ビジネスや個人売買春は把握が困難な領域を生成し、目に見えないものになっている。
 暴力はより巧妙に、つかみどころの無いものとなって、より身近に存在する。これに対抗する方法は国家による監視の徹底しかない。警察や自治体の手には負えない。これを担う民間企業が登場するのは時間の問題だろう。

 

◼︎目に見える暴力は減り、見えにくい暴力が蔓延る

 刑法犯の認知件数は、2017年は約915,000件で、前年から8万件以上減少、人口1,000人当たりの刑法犯認知件数は、戦後最少の7.2件となったと、警察関係者は誇らしく言う。「犯罪(暴力)は年々減っている」ことになっている。

 表面化する犯罪が統計上減少する一方で、見えないところで「弱き者」「声なき者」への暴力が蔓延っている。

 学校教育の場では、密室における特別権力関係を悪用した、教師による児童に対する性犯罪、暴力犯罪が日々発生している。高齢者・障碍者施設においては、施設員による入所者への虐待がある。家庭内においては、乳幼児・児童虐待、配偶者虐待、高齢者虐待、ペット・動物虐待がある。

 しかし、そこに行政、司法警察は介入しない。

 入っていく法制も仕組みも無い。シングルマザーの男友達が子供を虐待し、父母が自らの子を虐待するケースは、明らかな虐待死といった悲劇的結末に至らなければ、人目に触れることはない。事故死や病死で処理されるケースも多いだろう。力道山が木村政彦に対して行使したような、むき出しの暴力、状況がつかめず戸惑う獲物に対する一方的な顔面への殴打やサッカーキックは、いま密室で、無力な命、声を出せない人々に対して行われてる。

 殺害される幼き者、弱き者たちは、殺されると感じる最期の瞬間まで、暴力を行使する者たちを信じ、恐れ、服従している。それが現代日本の暴力の実相だ。これらは決してテレビ中継されない。ニュースにすらならない。なっても日々流れていく。そして、自殺は統計的数値としてまとめられ、日々の鉄道運行情報における人身事故として、伝えられる。

 

◼︎むき出しの暴力は解体される一方、生臭い暴力が繁殖した

 計画的なブック破りで木村政彦を騙し討ちし、顔面をサッカーキックする力道山。それを見て興奮した1954年の群衆。

 力道山は時代の寵児となり、木村政彦は敗者として忘れられた。

 力道山はヤクザに刺されて短い生涯を終えたが、歴史上の人物となり、アメリカのプロレスでも殿堂入りを遂げた。プロモーターもメディアも力道山というブランドの勝ち馬に乗った。

 木村政彦は、屈辱を十字架として背負ったまま、余生を全うした。

 あの公開処刑を見て盛り上がった男たちが昭和を支えたから、日本があるとも言える。しかし、その彼らも、もういない。帝国陸海軍が廃止され、自衛隊が生まれた。何度かのブームを経て、プロレスはニッチなポップカルチャーのひとつに落ち着いた。
 フルコンタクト空手もキックボクシングも総合格闘技も、マンガやアニメやイベントと組み合わせて健闘したが、エンタメとして、もはや力は無い。
 柔道人口はフランスの半分だ。
 相撲はモンゴル人のものとなって久しく、国技と言い切るにはあまりにも無理がある。

 子供たちのとっくみあいも、男たちの殴りあいも無くなった。一方で、簡単にキレるやつらも増えている。酔客が無抵抗な鉄道係員に襲いかかり、コロナ禍の中で配達員が侮辱を受ける。モンスターペアレンツは学校に怒鳴り込み、クレイマーはコールセンターのオペレーターに向かって叫ぶ。

 メディアの表舞台から、むき出しの暴力を使ったエンターテイメントは消えた。その代わりに、リアリティーショーが自殺者を出す。
 陰湿で生臭い暴力は家庭、学校、職場、施設の閉ざされたドアの向こう側で繁殖している。それをネット、ソーシャルメディアが輔弼する。
 平民ジャパンは暴力の無い社会に生きる平和な民だということになっている。

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猫島 カツヲ

ねこじま かつを

ストリート系社会評論家。ハーバード大学大学院卒業。

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