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第44回:「夏が嫌い」

 

<第44回>

8月×日

【「夏が嫌い」】 

 

四季のある国に生まれてよかったと、心から思っている。

柔らかな日差しの中で蝶が踊る、春。潮を含んだ風がそっと首筋を撫でる、夏。葉の息遣いが穏やかに赤く染まる、秋。凛とした切ない空気に身が引き締まる、冬。

どこを切り取っても美しい、日本の四季。四季がない日々など考えられず、季節の変化によって自分は救われているのではないかと思うこともしばしばである。四季よ、ありがとう。

と、四季に対してここまで媚びへつらっておけば、もう本音を言っても大丈夫であろう。

夏が、大嫌いである。

 

確かに、春は好きだ。秋も冬もなかなかに可愛いところがある。でも、夏だけは許せない。

夏場にムックを見ているだけで、イライラしてくる。チューバッカなんて、見たくもない。荒俣宏なんか見かけた日には、たぶん発狂する。

そう、夏は暑いのである。

「水は、無味」「段ボールは、固くて柔らかい」「森は、生きている」に連なる、恐ろしく当たり前のことを言う。「夏は、暑い」。お前はなにを言っているのだと怒られたって構わない。夏は、暑いのだ。

で、思う。

「ふざけるな、なんで暑いんだ」と。

本当にお前はなにを言っているのだと、自分でも思う。

それでも僕は、夏に当然のようにセットになってくっついている「暑さ」について、疑問符を投げかけずにはいられない。

 

もし四季の会議があったとして。

「僕は寒い感じでいこうと思ってます」と冬。

「じゃあ、私は涼しい感じで」と秋。

「それなら、ぬるさは自分が担当しようかな」と春。

そして、もたもたしていた夏が口を開く。

「うーん、じゃあ、俺は暑くしとくわ」。

 

この安直な感じ。夏が「暑い」を選んだせいで、四季はまったくひねりのないものになってしまった。「甘い」とか「薄い」とか「やっぱり寒い」とかを夏が選んでおけば、もっと日本の四季は意表を突いたドラマ展開ができたというのに。

 

夏は、ただ消去法で、「暑い」をやっているとしか思えない。どうにも夏には、やっつけ仕事感というか、みんなが暑くしてないから俺が暑くしてるだけ、みたいな雰囲気がある。たまたま国道沿いに空き店舗があったから背脂系ラーメンの店を始めた、みたいな覇気のなさ。

暑さに対して愛がなく、また芸もない。ただただ、暑いだけ。それが、夏。

そんな夏を、虚弱体質である僕が好きになれるはずもない。

 

ここまで約1000文字を使って僕が述べていることは、「夏は暑いから嫌い」という、信じられないほど頭の悪い主張である。1000文字使ってまで主張することではないのは重々分かっているが、正直、自分的には1000文字でも足りない。それほどまでに僕は夏の暑さを忌み嫌っている。

 

夏は暑いから嫌い。そんな子どもじみた主張をしているのは、世界で僕だけなのだろうか。書いていて不安になってきたので、「夏が嫌い」でグーグル検索してみた。

すると、相当な数の「夏は嫌いですか?」というネット上のアンケートとその結果が出てきた。

夏が嫌いと回答した人たちの、その理由とは。

 

第一位「汗をかくから」。

 

圧倒的大多数の人が「汗をかくから、夏は嫌い」とネット上で主張しているのだ。

なんだ、それ。

完全に自分のことは棚に上げて言うが、大人が公共の場で、主張することなのか。

 

おそるおそる「冬が嫌い」で検索。

冬が嫌いな人たちの、その理由とは。

 

「寒いから」。

 

だから、なんなんだ。それを主張して、なにになるというのだ。

こんなにどうでもいいwebページがあっていいのか。

 

まさかと思い、「春が嫌い」でも検索してみた。

春が嫌いな人たちの、その理由とは。

 

「生ぬるいから」。

 

いったい、この国の大人たちはどうしてしまったというのか。ネット上で「春は生ぬるいから嫌い」などと書き込んでいる暇があったら、ワーキングホリデーにでも行ったらどうなのか。

 

こうなってくると、もう止まらない。震える指で「秋が嫌い」を検索した。

秋が嫌いな人たちの、その理由とは。

 

「生ぬるいから」。

 

同じではないか。春と同じ理由ではないか。

なんだ、ネットでなにがしたいんだ、大人たち。

そしてこんなことを知って、どうしたいんだ、自分。

気がつくと僕は、強い脱力感に襲われていた。

 

インターネットの中には、かようにひどくどうでもいい情報が溢れている。

知らなくてもいいことばかりの情報の海の中を僕は今日も、クーラーの効いた部屋で泳いでいる。

夏が嫌いだ。暑さから逃げ、部屋の中にばかり閉じこもる。ネットと戯れることしかせず、虚無的な知識ばかり増え、気づけばあっという間に夜になっている。だから、夏が嫌いだ。

 

 

 

*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。
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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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