エジプト・カイロのサバイバル術。貧者の知恵
「今から思えば、三ポンドくらい…」 カイロ流交渉術③
相手の小ずるい引き上げ工作を逆手にとって、逆に半額の割引に成功したのです。それを受けとると先生は何事もなかったように「神に感謝!」といって去っていきました。目論見が外れ、しかも相場の半分しかバクシーシがもらえなかったにもかかわらず、教官の振る舞いはきわめて自然でした。
すべてを神に委ねて、最高の演技をする。シナリオどおりにいかなくても、最後は「神に感謝」で締めくくる。こんな天性の俳優たちがそこら中にいるカイロが面白くないはずはありません。
カイロという街はリアルな演劇空間です。その演劇の行方を左右するのがバクシーシ交渉なのです。
小池氏のカイロ大学留学記にも、バクシーシを題材にした体験談がのっています。卒業記念にピラミッドに登って頂上で振袖を着て、お茶をたてたという有名なエピソードです。
ピラミッドに登るのは違法行為です。それを盾に、警備員が「おーい。ピラミッドは登っちゃいかんのだぞ」と女子学生・百合子を追ってきます。もちろん、それは建て前で目当てはバクシーシです。それを知っている小池氏は「登ってから払うわ」といってピラミッドを駆け上がります。
しかし小池氏は登ってきた面とは反対側からピラミッドを降りると、すぐさま車に乗り込み、バクシーシを払わぬまま逃走に成功します。このシーンを小池氏は回想しています。
「今から思えば、三ポンドくらい気持ちよく払ってあげればよかったかもしれない」
これはいわゆる後ろめたさの感覚とは違います。むしろ、警備員との掛け合いが未完に終わってしまったある種の不完全燃焼といえるかもしれません。わずかなバクシーシをケチッたことにより、不法者の女子学生と正義の警備員がイーブンな関係に舞台転換する役を演じきれなかったのです。これでは女優失格です。
(『“闘争と平和”の混乱 カイロ大学』より構成)