出版界は「エンドユーザー」を絶対に離すな
第2回 「さわや書店」松本大介 後編
読者が本づくりに参加できる仕組みを作る
さあ、ここからが本題。大風呂敷を広げる。書店の現状からその先の未来を考えると、業界全体で取り組むよりほかないので、どうしても話が大きくなってしまうが、ご容赦願いたい。
情報の伝達手段として、本に取って代わられた感のあるモバイル機器。それらは若者を中心に、我々のライフスタイルすら変えた。いつでもどこでも動画を見ることができ、いまや動画配信への需要の高まりによって、動画を提供することで生計を立てるものが現れ始めた。代表的なのはユーチューバーだろう。ひと昔前では考えも及ばない新しい存在なので違和感があるが、何のことはない。近代出版業界における、作家やライターもきっと同じような位置づけだったことだろう。一過性で終わるか、常識として定着するかの過渡期にいるから珍しく思えるだけだ。ただし、ここで注目すべきは裾野の広がりである。エンドユーザーが表現に参加し、面白いことを追求することができる環境が整っているかどうかである。
いま出版業界に欠けているのが、そこではないかと思うのだ。読書とは、とことん個人的な体験である。本を作り、誰かが買い、それを読み終えることによって完結してしまっており、その先の夢の場を描けていない。自己啓発書の著者による眉ツバの講座を開催するといった事例などはさておき、本を読むという行為に取り組もうと思えるための場をつくること。僕は前回書いたようにイベントにこれを求め、方向性として少し違うなと思ったわけだ。
さて、それらを踏まえたうえで提言する。新刊広告に少なくない宣伝費用をかけるくらいなら、その費用を抑えたお金で「全国ヨム-1グランプリ」を開催したらどうだろうか。参加券付の課題図書を販売し、それを求め、読んだエンドユーザーが、Web上でその本に関して自由な解釈、様々な表現を動画で投稿する。「自由な」という垣根の低さがポイントだが、必ず本の内容は踏まえる。それらを再生数なり、投票フォームなりで集計、総合的に評価して、優勝者の生活を保障する、もしくはやりたいことを応援するのだ。たとえば賞金500万円を与えて、その500万円の使い道を配信するというのも面白い。優勝者がどうしてその状況に至り、この動画を配信することになったのかという源流には一冊の本の存在がある。そこにはストーリーがある。
もしくは、本を一冊編集できる権利を与えるのも面白い。「全国ヨム-1グランプリ優勝者」がどんな本を作るのか、その過程を動画配信しつつ、本づくりとはこのように為されているのだということを、広く知ってもらうことは業界的にプラスとなるだろう。しつこいようだが、その源流には一冊の本の存在がある。そしてそこにはやはりストーリーがある。
このアイディア、どこかの出版社または取次で試してみないだろうか。これらの取り組みがエンドユーザーの心をつかんだ時、枯山水には千代に八千代に苔がむすのではないだろうか。
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