江戸時代の国学者の驚くべき先進性
「バーチャル」と「リアリティ」をつないだ“神道” 日本人が説明できない「神道」③
それは、例えば平田篤胤(ひらたあつたね)という江戸時代から明治初期の国学者です。
戦後、平田篤胤は、「日本の国家神道の思想を作り上げた」といわれ批判されて来ましたが、これは近年の研究でその批判は間違いであったことが判明して来ています。
確かに『霊能真柱(たまのみはしら)』を書いた平田篤胤は、本居宣長以降の日本人の心の拠り所である神道の理論を明治期に打ち立てた神道国学者でした。
しかし、むしろ実際には、江戸末期に長崎の出島で蘭学を研究していた山村才助(やまむらあいすけ)の記した『西洋雑記』の影響を受け、ヘブライ古伝やエジプト古伝などの国際的な研究や、後年には「霊界」や「幽界」に関心を持ち、中国の道教や神仙道などの研究に走って行くのです。つまり、平田篤胤は、「グローバリスト」でありながら、バーチャルな世界も志向する「スピリッチュアアリスト」の側面も強かったのです。
江戸時代からそのような人物がゴロゴロ存在した日本人は、バーチャルな世界に強いのは当たり前なのです。
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