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「悪霊」としてのトランプ現象【仲正昌樹】

 双方向的なメディアであるインターネット、特に無名の一般人でも著名人と同等の発信力を持つことができ、様々の立場の人と繋がり、情報・意見交換することを可能にするSNSを、真の民主主義を実現するものとして評価する人たちがいる。しかしそれは、使う人たちのほとんどが自分の意見を批判的に吟味し、自分と対立する意見にちゃんと耳を傾ける用意のある人たちだけの場合である。

 対立する意見に耳を傾けようとせず、もっぱら自分を肯定し、味方として共感してくれる人とだけ付き合って、それで“社会”を分かったつもりになっている人間が利用すれば、偏見を増幅する装置にしかならない。アメリカの憲法学者サンスティン(一九五四-)は『インターネットは民主主義の敵か』(二〇〇一)で、政治的に偏った見方をする人たちが、インターネット上で仲間とだけ付き合うことで、それが世論であると思い込み、偏った意見が増幅されていくことをサイバーカスケードと呼んで危険視した。

キャス・サンスティン(1954- )。アメリカの法学者、ハーバード大学ロースクール教授。憲法学、行政法、環境法が専門。

 

 アメリカの二大政党のように、多様な意見や人種、立場の人たちを抱えている大政党の代表として大統領選を戦うのであれば、自分を最も支持してくれる層の声にだけ応えるのではなく、対立する意見のグループにもできる限り耳を傾け、党全体が同じ方向に進めるよう調整するのが普通だ。それに対しトランプ氏は、自分のtweetの圧倒的影響力を誇示することで、党内の反対派を抑え込み、共和党をトランプ主義一色で染めつくした。サイバーカスケードが、リアルな政党政治を支配するに至ったということだ。

 営利企業であるテレビや新聞、雑誌が、スポンサーや特定の視聴者層が喜ぶ情報だけ提供しようとする傾向がある、というのは否定しがたい事実である。しかし、企業としての信用を重視する立場から、すぐに虚偽だと分かるような報道をしないよう内部にチェックシステムを構築する。企業間の競争原理も働く——無論、競争原理のゆえに、余計に事実がねじ曲がってしまう危険はある――し、事実関係の真偽が裁判や行政審判、場合によっては議会で吟味されることもある。

 twitterは1tweetごとの文字数が少ないため、事実関係を正確に伝えるのに向かない。匿名の発信者は、意図的にあるいは不注意で虚偽の情報を伝えても、後で責任を問われる可能性は低い。伝言ゲームで話が少しずつ変質するので、どこで間違ったかたも特定にしにくい。

 twitter自体には、情報の真偽を吟味するシステムはない。強力なインフルエンサーに従っているフォロワー集団が、内部で情報を精査する制度を持っているわけではない。そうした集団が、現在マスコミがやっているのと同じような編集システムを備えるとは考えにくいし、仮にそういうものを備えたとしたら、それはtwitter上の自由な繋がりではなく、マスコミと同じような組織になるだろう。

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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