国際列車の旅ードイツからアルプスを越えてイタリアへ【後編】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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国際列車の旅ードイツからアルプスを越えてイタリアへ【後編】

思い出のヨーロッパの鉄道紀行


 緊急事態宣言再発令に伴い、国内の取材は自粛せざるを得ない状況だ。過去の鉄道旅行の思い出も前回の緊急事態宣言時に北海道をメインにいくつか取り上げたため食傷気味。というわけで、新たなネタを発掘し、目先を変えて海外編。過去に20回近く旅行したヨーロッパの鉄道紀行を回想しながら綴ってみたいと思う。
 ヨーロッパの鉄道旅行で、日本国内にいては絶対体験できないもの。それは列車に乗って国境を越えることだろう。国境は人為的なものではあるけれど、国が変われば家並の色が異なったり、車内の雰囲気も微妙に変わることがある。そんなヨーロッパ大陸を縦横に走っている数多い列車の中から、今回はドイツからアルプスを越えてイタリアへ向かう国際列車を取り上げてみたい。

「国際列車の旅ードイツからアルプスを越えてイタリアへ【前編】」より続く


 

 

ヴェローナで電気機関車交代

 イタリア国内に入った列車は、サミットを過ぎたこともあり、次第次第に高度を下げていく。ところで、時間は12時をかなり過ぎ、出発前にホテルで朝食を摂って以来何も口にしていないので、お腹が空いてきた。ミュンヘン中央駅で列車の編成をチェックしたときには食堂車があったはず。車内販売はないので、客車を何両も通り抜けて食堂車を目指した。

 ところが食堂車は閑散としていて、誰もいない。係と思しき男性がひとりいて、手持ち無沙汰のようである。私と顔を合わせると、「カウンターに置いてある飲食物を売るだけさ」、とぶっきらぼうに言う。ショーケースを見渡すと、サンドウィッチとコーヒー、紅茶、冷たいソフトドリンクだけ。何もないよりは「まし」といったところだ。

 飢え死にはしたくなかったので、サンドウィッチと温かい紅茶を注文した。日本のサンドウィッチと違って、硬いパンにハムとかチーズが挟んであるだけの味もそっけもない代物だ。食パンの耳を落としたうえに、キュウリやトマトが挟んである日本のミックスサンドが妙に懐かしくなった。これで5ユーロ(当時のレートで650円くらい)とは高い。揺れる車内を運んで持ち帰るのは面倒なので、無人のテーブル席で侘しいランチタイムを過ごした。

売店のみ営業の食堂車

 ふたたび何両も通り抜けて自分のコンパートメントに戻る頃、列車はボルツァーノBolzanoを発車した後だった。車窓には不思議な形をした岩山が現れ、延々と続いていく。どれもこれも実に個性的ないかつい表情をしていて見飽きることがない。世界自然遺産になっているドロミテ山塊である。圧倒的な迫力に、ランチの不満は解消され、ただただ息をのむ絶景に長時間魅了された。

車窓から眺めるドロミテの奇岩

 ホームの片隅に保存SLが置いてあるトレントTrento駅を過ぎてもドロミテ山塊の絶景は続く。ロヴェレートRovereto駅に停まった後は、相変わらず山に囲まれた渓谷を進むものの、やがて平原の中を走るようになり、大きく左へカーブするとヴェローナに到着した。15時を少し過ぎていた。少々の遅れだが、この程度は許容範囲であり、いつものことなのだ。ヴェローナの駅は、中央駅と言った名前ではなくヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァVerona Porta Nuova駅という。「ヴェローナ新門」駅とでも訳すのであろうか?

ドロミテ山塊に囲まれた小さな駅メッツォコローナを通過

 今回は、ここで下車した。最後尾の客車から降り立ったので、振り返ると新たな電気機関車が登場して、ゆっくりと客車に連結される。ヴェローナから進行方向が変わるようだ。停車時間が14分あるので、じっくり入換の様子を見ていると、ここまで先頭だった機関車はいつの間にか切り離され、さらに1号車に相当する客車も入換用のディーゼル機関車に導かれて列車から離れていく。少し短くなった国際列車は、発車時間までホームに横付けになったまま。やがて定刻になると、ボローニャを経て終点のリミニRiminiに向かって発車していった。アドリア海沿岸のリミニまで、まだまだ2時間半ほど旅は続くのである。

ヴェローナを発車する国際列車

 ヴェローナの駅を出ると、駅名の通り「新しい門(Porta Nuova)」をくぐって市街地に入る。城塞都市の名残であろう。この街は、シェイクスピアの名作「ロメオとジュリエット」の舞台であるとともに、古代の円形闘技場を使った野外オペラの公演で知られている。意外なことに、街はさらに南にあるイタリアの各都市よりもドイツ語圏的な雰囲気に満ちている。列車で国境を越えてはるばるイタリアにやってきたにもかかわらず、歴史的な経緯もあるのだろうが、不思議な感じがする。

ヴェローナにあるジュリエットの家のベランダ

 「ロミオとジュリエット」のベランダのシーンのモデルになった家は観光客でごった返していた。せっかく2泊ほどするので、夜は野外オペラを見に行く。定番の「アイーダ」を鑑賞し、二晩目は「カルメン」の予定だったが、4幕に入ってすぐに激しい夕立に見舞われ、中断したままお開きとなってしまった。野外での上演ではこんなこともあるのだ。

野外オペラが上演されるヴェローナの古代闘技場

 ヴェローナ滞在が終わって、列車でさらに先を目指す。ポルタ・ヌオーヴァ駅でミラノからやってきた特急列車エウロスター・シティに乗り込む。列車はロンバルジア平原をかなりのスピードで疾走し、東へと向かう。車窓を眺めていると、ヨーロッパなのに田圃があって驚く。珍しくお米をつくっているのだが、イタリア料理のリゾット用だと知ると納得である。

エウロスターシティ。ヴェローナにて

 ヴィツェンツァVicenza、パドヴァPadovaと停車し、ヴェローナを出て1時間ほどでヴェネツィア・メストレ駅に到着。ただし、ここで慌てて降りてはならない。ヴェネツィアと名乗ってはいるけれど、有名な観光地の最寄り駅ではないのだ。

 列車はすぐに発車。やがて海が見えてくると、列車はゆっくりと海を渡り始める。まもなく遠くに街並みが現れるが、まるで蜃気楼のようだ。次第にその姿が大きくはっきりと見えるようになると、減速して、海にまで突き出した長いホームに滑り込んでいく。駅名は、ヴェネツィア・サンタルチア駅。こんどこそ終点である。

海を渡りヴェネツィアに向かう列車

 行き止まりの終着駅で櫛形のホームのどんづまりで線路は途切れている。駅舎を出ると、まばゆいばかりの太陽の下、目の前にあるのは運河を行き交う舟と人だけであり、線路もなければクルマの姿もない。世界の他の街とは明らかに異なる音と匂い、ドイツから長い鉄道旅行の果てにたどり着いたのは世界的な観光都市ヴェネツィア。やっとイタリアについたと実感できたのであった。

ヴェネツィア・サンタルチア駅前

 

 

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野田 隆

のだ たかし

1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。 蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。 ホームページ http://homepage3.nifty.com/nodatch/

 

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