連邦議会でもソ連のスパイ工作が追及されていた
スターリンに翻弄された歴史を解明せよ インテリジェンス・ヒストリー⑥
■連邦議会はコミンテルンに強い警戒心を抱いていた
ここで連邦議会、政府と、コミンテルンの秘密工作の関係についても基本的な事実を紹介しておきたいと思います(以下、米国下院非活動委員会編(時局問題調査会訳)『共産主義について知つておかねばならぬ600事項』立花書房、一九五一年、及び黒川修司『赤狩り時代の米国大学』中央公論社、一九九
四年を参考にさせていただいた)。アメリカの連邦議会は一九一九年にコミンテルンが創設された当初から強い警戒心を抱いており、その関係の会合が首都ワシントンDCで開催されたことから、上院は直ちに特別委員会を設置して、その調査にあたっています。
翌一九二〇年には、ハミルトン・フィッシュ及びジョン・マッコ―マック下
院議員をそれぞれ委員長とする特別委員会がいわゆる「外国からの脅威」を調
査するため下院に設置されました。
その後、ナチス・ドイツの台頭を受けて民主党のマーティン・ダイス下院議員が「今にしてアメリカにおける全体主義諸国の宣伝を鎮圧しなければ国内に革命が起こるかも知れない」として、国内における非米的活動及び宣伝の調査のため特別委員会設置に関する決議を採択、ダイス委員長をはじめとする七名の超党派の「非米活動及び宣伝調査特別委員会」(通称ダイス委員会)を設置したのです。
「非米(un-American)」とは、共産主義やナチズム、ファシズムは階級的憎悪または人種的憎悪を基盤とする無神論的政治哲学であり、デモクラシーを奉じるアメリカの政治的伝統を壊すイデオロギーであって認められないとの考
え方を示しています。
この委員会の委員長になったダイス下院議員は与党民主党所属でありながら、テキサス州出身の保守派でした。このため、特別委員会と政権は対立し、ルーズヴェルト政権に対して調査員及び法律専門家の派遣並びに調査資料の提供を要請しましたが、政権側はその申し入れを断っています。
以後、この超党派のダイス委員会は反ルーズヴェルト政権の牙城のような様相を呈しました。政権内部に共産主義者が入り込んでいるとの非難を繰り返し、当時、「反日親中」の宣伝を繰り返していたアメリカ共産党系の「アメリカ平和デモクラシー連盟(American League for Peace and Democracy)」の郵送リストを入手して、そこに記載されていた五百六十三名の連邦政府職員の名前を公表したりしたのです。
戦後の一九四六年秋の中間選挙で共和党が勝利すると、共和党のJ・パーネル・トーマス下院議員が委員長に就任したことからトーマス委員会と呼ばれ、正式名称も「下院非米活動委員会(The House Committee on Un-AmericanActivities、HUAC)」に変更されました。
このトーマス委員会は一九四六年十月、検事総長に書簡を送り、「アメリカ共産党並びにモスクワの指令に基いてアメリカ国内で活動をしている工作員たちは、アメリカの行政の正常な機能に対する一大障害となっており、政府は直ちにこれを是正すべきである」と述べ、共産党が訴追される理由として次のような点を挙げています。
一、共産党は外国政府の機関として外国の支配下にあるものであるから検事総長のもとに登録されていなければならない。
二、外国元首の機関となっている個人は、国務長官のもとに登録されなければならないのであるが、共産党の役員は誰も登録されていない。
三、共産党及び同党選出議員は上院及び下院の選挙費会計報告を提出すべきことを規定した連邦腐敗防止法にこれまで従っていない。
四、『デイリー・ワーカー』及び『ニュー・マッセス』その他の共産主義の刊行物は第二種郵便物の取扱いを受けているが、これは宣伝物撒布のための郵便利用を禁止する法律に違反している。
五、共産党は多数のフロント団体を持っているが、これらの団体は慈善団体もしくは愛国団体であると主張しているため所得税を免除されている。
こうした連邦議会の動きを受けてトルーマン民主党政権も一九四七年三月二十一日、政府職員に忠誠・機密保持の計画を実施する大統領令第九八三五号を出しています。
国家の安全保障が重大問題となっている今日、「政府内に一人でも不忠誠な
、破壊的な人物が存在することは、わが国の民主主義に対する脅威となる」として、「連邦政府に雇用されている人は、合衆国に対して完全で不動の忠誠心を持つことが決定的に重要である」としたこの大統領令に基づいて、「忠誠調査委員会」が設置され、連邦諸機関や国際機関に勤務する全職員を対象として、司法長官が破壊活動と指定した約八〇の団体(一九五一年一一月二九日のリストでは二六一団体に増加していた)と彼らがかかわりないかどうかを含む忠誠審査が実施された。軍人を含む主要政府機関の職員から始まり、国防省や原子力委員会と契約関係にある私企業の従業員、さらに米国内にある国際団体に勤務する米国民まで、約六〇〇万人を対象とする忠誠計画が実施されたのである。(黒川修司『赤狩り時代の米国大学』一一八頁)
この計画で不採用または解雇された者は五百六十名、審査中に自ら志願を撤
回または辞職した者は六千八百二十八人にのぼりました。