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「快楽主義」の祖が作った秘密の庭園。好奇の目で見られた日常

天才の日常~エピクロス

性愛に耽り美食を堪能する?

 

 エピクロスは弟子入りを希望する者に対して男女分け隔てなく受け入れたし、「庭園」の中では奴隷に対しても平等に教育を施していたのだが、世間はこの「庭園」を好奇の目で見ていた。弟子入りした女性の中には娼婦だった者も少なくなく、そうしたさまざまな出自の男女が閉ざされた庭園にある一つの建物で共同生活を営み、快楽主義の哲学を探究していることが、理由となったのだろう。

 他の学派の哲学者、とりわけ対立する思想を奉じるストア派の哲学者たちは、エピクロスについて有る事無い事を吹聴し、中傷した。ある者はエピクロスが性愛に耽り猥談ばかりしていると言い、ある者は彼が美食のために日に二度嘔吐していたと言い、またある者は他の哲学者の悪口ばかり聴いたと証言した。
 だが、実際のエピクロスと弟子達は、水とパンだけの食事をとり、酒もほとんど飲まないような質素な食生活を送っていた。チーズの小壷が一つあればこの上なく豪華な生活ができると考えていたほどである。
 「性交が人の利益となることはなく、もしそれが害を加えなかったならばそれだけで満足すべきである」というような言葉からは、過剰な性愛は害悪だと考えていたことがわかる。

 そもそも、エピクロスが自らの哲学の根本に置いた「快楽」とは何なのか。それは、飢えや渇きといった、生きていく中で生じる欠乏への欲望を満たしたうえで、それ以上の不必要な欲望に心が乱されることなく、静穏な心の状態(アタラクシア)に至った時に得られる「魂の快楽」である。
 だから、空腹を満たし喉の渇きを潤すのに足りるだけの食物と水を摂るだけで十分であり、豪華な美食に耽ったり、酒宴やどんちゃん騒ぎを繰り返したり、権力や名誉を得たり、性的交わりを重ねたりすることは、むしろ不必要な欲望に心がかき乱されていて、真の快楽が得られるどころか、苦しめられている状態なのである。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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