【黒歴史】なかったことにしたい過去、でも、懐かしい「痛み」。みなさんの黒歴史とは何ですか?《マンガ&随筆「異種」ワンテーマ格闘コラム》Vol.13 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【黒歴史】なかったことにしたい過去、でも、懐かしい「痛み」。みなさんの黒歴史とは何ですか?《マンガ&随筆「異種」ワンテーマ格闘コラム》Vol.13

【連載マンガvsコラム】期待しないでいいですか?Vol.13

◼︎妹・吉田潮は【黒歴史】をどうコラムに書いたのか⁉️

【コラム「黒歴史」】

 思い出したくもない、なかったことにしたい過去。人はそれを「黒歴史」と呼ぶ。黒歴史をもたない人などいない。特に思春期には山ほど抱えるものだ。しかし、歴史は他人によって塗り替えられることもある。

 社会人になってから、偶然N君と駅で遭遇した。N君は小学校と中学校の同級生だ。特徴的な顔と声ですぐにわかった。数分の立ち話で、彼がお役所勤めであることがわかり、私も結婚をして会社員であることなどを伝えた。昔話に花が咲くほど親しい関係ではなかったので、お互いぼんやりと記憶している程度、と思っていた。

 当時、私はガイドブックの編集の仕事をしていて、N君が務めるお役所にも一度訪れたことがある。そのお役所が管轄する保養所をガイドブックに掲載するため、編集協力を依頼しに行ったのだ。

 厳重な入館チェックが必要な割に、建物はボロくて、だだっ広い。私が訪問した部署は妙に人が多かった。無駄に多い印象。働いているように見える人は少なくて、鼻毛抜いてるおじさんとかくっちゃべってるおじさんしかいない。「お役所って気楽なもんだわね」と思ったのは事実。

 同級生といえど、お互いに存在を忘れていたような相手だ。共通の話題などない。何か接点を見出さなければと思って、N君の勤め先を訪問したことがあると伝える。もちろん、無駄に人が多いとは言わず、鼻毛抜いてるおじさんしかいないとも言わず、「ものすごい数の職員がいて、大きな建物で巨大な組織だよね、あんなところで働いてるってすごいね」くらいの話だけれど。

 もちろん話が弾むはずもなく、ものの数分だった。が、別れ際に、N君が息せき切ったようにしゃべりだした。

「小学校のとき、僕が潮さんのことを好きだって告白したけど、あれ、違うから!」
 ん? 告白? そんなことあったっけ?
「〇〇や△△にいじめられてて、無理やり言わされただけで、ぜんぜん好きじゃなかったから!じゃあね!」

 N君は言い切った後、すがすがしい笑顔を見せて、去っていった。え、なんだったの? 今のは…?
 
 告白された記憶などない…。男子から好きだなんて言われたら私のことだ、絶対調子に乗っているはず…。いや、私が覚えていないだけで、彼は「いじめられて、好きでもない女子に告白させられた苦い思い出」。つまり、彼にとっては私が黒歴史そのものだったのだ。

 子供は残酷な心理実験をする。気に食わない子やいじめたい相手を「浮かれさせて、その反応を陰で笑う」。一番効果的なのは「恋心」である。男子から好かれるはずもない私が告白されることで、勘違いして浮かれたり、自意識過剰になる。恋心を芽生えさせて、それを嘲笑しようという作戦だったようだ。

 不幸にも、気の弱いN君はその特攻隊役をやらされた。強い男子たちにNOと言えず、自分の美学や好みにまったく合わない、むしろ嫌いな女子に「好意をもっているフリ」をさせられたのだ。

 私自身は正直覚えていないのだが、たぶんそれ以降、N君を潜在的に意識はしたのだろう。調子に乗ったのかもしれない。その自意識過剰っぷりが、N君にとってはなんとしても消し去りたい過去であり、人生の汚点であり、黒歴史だったわけだ。

「今、ここで絶対に俺の黒歴史を払拭しなければ!」
というN君の決死の思い。最後の笑顔には任務完了の達成感が表れていた。

 N君は自分の黒歴史を無事に葬り去った。そして、私をものすごくモヤモヤさせた。ものすごくシンプルだが、要するに、
「勘違いブス!調子に乗ってんじゃねーよ!お前なんか好きになるわけねーだろ!」
という内容の婉曲表現である。しかも十数年たってから知らされた驚愕の真実。

 いや、正直、私もすっかり忘れていたけどさ。十数年たってからそれを言う必要があるの? 私の黒歴史に新たな1ページを刻んだN君。もちろんN君にはそれ以降会っていない。私も東京に移り住んだし、彼が勤めるお役所とは縁もない。たぶんこの先も会うことはないだろう。

 この「N君事件」は、他人という外部記憶装置が生み出す黒歴史もあるという話だ。この数年後、逆に私は人様に黒歴史をなすりつけてしまう事件を起こす。それが「F君事件」である。
 
 同窓会のような集まりの席で、久しぶりに会ったのがF君だった。昔話をしているときに、ふと思い出した。一時期、私はこのF君に好意を寄せていたことを。もう時効だし、ギャグとして笑ってもらえれば、くらいの軽い気持ちで、
「そういえば、私、一時期あなたのこと好きだったわぁ。あっはっは~」
と伝えた。それを聞いたときのF君の顔。一言でいえば「大迷惑」である。

 思春期の笑い話くらいに受け流してもらえると思っていたのだが、あきらかにF君はイヤな顔をした。「迷惑以外のなにものでもないし、今さらなぜそんなことを言うのか気が知れない」という顔でもあった。笑うどころか気まずさが漂い、F君はすーっと席を離れ、それ以後、私に近づくことはなかった。

 はるか昔とはいえ、私に好かれたことがそんなにもイヤだったとは。しまった! 黒歴史を生み出しちゃった…。ベクトルは違うが、N君事件で学んだはずなのに。F君にとって黒歴史の新たな1ページが刻まれた瞬間。これが「F君事件」である。

 それ以降F君には会っていない。たぶんこの先も会うことはないだろう。

 実はN君もF君もフルネームを覚えていないし、私自身はこうして原稿に書けるから「黒歴史、ハイ、よろこんで!」と思っている。万が一、N君とF君がこれを読んで自分のことだと気づいたら、彼らにとっては新たな黒歴史となるだろうけれど。すまんな、ネタにさせてもらったよ。 

 (連載コラム&漫画「期待しないでいいですか?」次回は来月中頃です)

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毎月14、15日頃連載コラムvsマンガ「期待しないでいいですか?」

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吉田 潮

よしだ うしお

コラムニスト

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。ライター兼絵描き。



法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。『週刊フジテレビ批評』、『Live News it!』(ともにフジテレビ)のコメンテーターなどもたまに務める。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より『東京新聞』放送芸能欄のコラム「風向計」を連載中。著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)、『産まないことは「逃げ」ですか?』(KKベストセラーズ)、『くさらない イケメン図鑑』(河出書房新社)ほか多数。本書でも登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。



公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/



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