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森会長失言問題をオリンピック不開催の原因にしようとする日本的な生贄の風習

 

橋下元大阪知事に「身震いするぐらい、最高の政治的態度」と賞賛された小池百合子都知事。

 

 先に述べたように出発点は、JOCの女性の理事を増やすことの是非だったはずだ。増やすこと自体はいいとしても、どうやって増やすのか、何を基準に選出するのか、明確な数値目標を立てるべきか、それはメンバーの男女比の話だけでなく、JOCの組織改革を伴うことなのか、それを妨げる構造的要因はあるのか、あるとすれば、それは何なのか。こうした一連の問題について検討したうえで、最後の「妨げる構造的要因」として、JOCに深く関係する団体や官庁の差別意識や問題意識の欠如が看過できないということになれば、森会長に辞めてもらい、それに伴って、他の関係者にも意識改革を求める、という結論に至ったとしてもやむを得ないことだろう。

 しかし、マスコミやネットでは、そうした本質的な議論などないまま、「世界に日本の恥を晒し、東京オリンピックの開催をなおさら困難にした、口に締まりのない森会長をとにかく辞めさせるべき」、という声だけが強まった。「森さんは元首相でありながら、問題の本質が分かっていない。嘆かわしい」、とコメントしていた言論人たちも、何が問題の本質なのか掘り下げて論じようとしなかった。

 多くの人が、「今の時代に女性蔑視発言は許されない」、というような漠然とした感覚で批判に同調していたのであろうが、そうした漠然とした感覚で、誰かを一斉に非難するのは危険である。森氏が、どこにでもいる普通のおじさんなら、周囲の人から非難されるかもしれないが、政治的責任など問題になりようがなかったろう。どういう立場の人が、どういう差別的発言をしたら、どういう影響があり得るので、どういう責任があるのか明確にしないまま、「今の時代、それはアウトです」、などと断言するのは、思考停止である。

 森氏を降ろすことが正義ということで世論が固まってしまうと、すぐに、森会長を誰がどうやって辞任させるかに話はズレていった。OCの反発か、官邸の介入か、東京都(都知事)の働きかけか、協賛企業の遺憾の意の表明か、世論の圧力か、IOCやアメリカ等の西欧諸国の外圧か。そうした中で、今回の発言との関連は定かでないケースもいくつかあるが、ちょうどタイミングを合わせたように、芸能人などの聖火ランナー辞退やオリンピック・ボランティア辞退の声が相次いだ。最後は、小池知事が十日になって、二月中旬に予定されていた、組織委員会、IOC、政府との四者会談を、「話がネガティヴになってしまう」、という理由で欠席する意向を表明したことが決め手になって、森氏は辞任に追い込まれた。その小池氏の手法について、「身震いするぐらい、最高の政治的態度」、と橋下元大阪知事は賞賛していた。

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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