【85年前の今日、大雪を血に染めて】1936年2月26日、二・二六(ニイニイロク)事件はいま!《昭和と令和の断絶する維新「うっせぇわ」》
平民ジャパン「今日は何の日」:15ニャンめ
◼︎「君側の奸をぶっ殺す!」というソリューション
第一次世界大戦前後の世界は狂騒と動乱に満ちていた。不安と危機感は世に蔓延、国家社会の革新を目指す思想が実力行使を駆り立てた。日清日露、第一次世界大戦で戦勝国となった新興軍事国家は、国家も社会も未成熟で、政治は腐敗、財閥は悪辣、政財官・華族の特権階級が君臨跋扈し、世は不公正不平等の惨を極めた。
当時の青年たちは「めちゃくちゃな世の中」を嘆き、激しく憤っていた。
国家主義、民族主義、共産主義、民本主義、無政府主義と天皇論が交錯し、日本独特の革新思想を産み出した。昭和維新は青年将校の行動のテーゼとなった。それを支えたエナジーは「腐ったこの世に対する憤激」、ソリューションは「君側の奸に天誅を下す(悪いやつらをぶっ殺す)」ことだった。
いまだに右翼界隈で人気の高い「青年日本の歌」(昭和維新の歌)は、漢籍や他歌からのパクリ&コピペに過ぎない。しかし、その作者は犬養毅首相を官邸に襲撃(五・一五事件)、テロを実行した現役海軍将校(三上卓)だった。乱世に憤る過剰な自意識は彼らの脳内に充満していた。悲愴な陶酔感に溢れる詩歌と、暴力を賛美する新聞、それをヨシとする国民が生み出す空気が彼らの応援団だった。テロが大手を振って闊歩し、クーデター未遂も頻発した、それは物騒な時代だった。
干されていた老将たちの権力への執着と思想家・煽動者たちの野望がからみあい、ナイーブな若者の純情と血気が利用された。天皇のとりまきを始末すれば、大御心が世を照らし、昭和維新が訪れる。人間宣言の9年前、大元帥は超現実的な現人神だった。
実は彼もまた人の子、親しき重臣を殺されれば怒り悲しみ、自らが脅かされることも恐れるだろうという想像力は青年将校たちには持てなかった。とはいえ、尊崇はかたちばかり、統帥権の名のもとに仕組みとしての天皇を使い倒していたのは、明治憲法下の陸海軍中枢だった。
◼︎「永遠にゼロ」という無駄死への疾走
士官学校は理数と語学偏重で、皇軍カルトは政治も社会も教えなかった。頭はよくても視野は狭い、どこか病んだ神童たちが、軍服を着たモンスターとして大量生産された。我ら天皇の軍隊、天下に恐いもの無し。暴力は武人の美学だった。国家国民大亜細亜のためと叫びながら、高級軍人は権謀術数と派閥抗争に明け暮れ、青年将校は自己愛と妄想のファシズムに心酔した。社会の不平等に憤る彼ら自身、半分エリート半分落ちこぼれの拗れた連中だった。
血盟団、五・一五、相沢事件と続き、先輩たちがバリバリ殺して英雄になったなら、師団ごと満州に左遷される前に俺たちはもっと上をいけと、天皇の兵隊を無断で使って決起した。
話の分かる風をした老将軍たちに後ろ盾を恃んだものの、風向き変わってアッサリ見捨てられた。
天皇の身柄をおさえて逆転ゴールを狙ったが、やり抜く度胸が土壇場で萎えた。青年将校は青かった。哀れ歴史の必然コースに乗せられていたが、その自覚を欠いていた。
テロルの時代は真っ逆さまにクラッシュ、絶望の中、死刑となった。その屍を踏み越えてボールを拾ったのは日本中の秀才を集めたチーム東條(英機)だった。彼らが国家乗っ取りを急いでいたのは、これまた悲劇の上塗りだった。やりたい放題のヒトラー閣下を、指をくわえて見てはいられない。ドイツに全部獲られる前に、吾らも分捕り合戦に乗り遅れるなと、後先構わず追いかけた。全力総動員の挙句、太平洋で垂直崩壊、火だるまになって壊滅した。軍服を着た官僚たちの無謀な計画の終着には大量殺戮のブーメランが飛んできた。
青年将校が夢見た昭和維新の春の空はB29が埋め尽くした。全能感に憑かれた参謀たちが見た束の間の旭日は、自国他国の兵隊人民の血に染まった真っ赤な夕陽だった。赤紙一枚で奪われた息子は海の藻屑となり、父は密林で飢えて死んだ。後に続くと言う上官に見送られて、兄は特攻で散った。悲劇のトッピングは全部乗せマシマシだ。
天皇陛下万歳は死のマントラ、イスラム過激派も模範とする聖戦の号令となった。幾千万の下士官兵も国民も、巨大な悲劇の巻き添えで死んだ。「永遠にゼロ」、それは無駄死にのことだった。
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