「この一冊ですべてわかる!」式の安直でインスタントな本ばかりを選んではいけない 【福田和也】
“知の怪物”が語る「生きる感性と才覚の磨き方」
■本好きはいるが読書家はいなくなった
これは、もちろん、読書にかかわる社会情勢が、かなり変わってしまったということと、緊密な関係があります。
昔ならば、ある程度周囲に、読書家とよばれる人たちがいたわけですね。読書人口がかなり多くて、家族、親類だけでなく、先輩や友人のなかにも、本好きがいて、あれを読め、これを読めという具合に、しつこく薦めたり、押しつけられたりしたわけです。
無論、以前は読書が、人間の知的活動のみならず、多少とも深いコミュニケーションのための大事なメディアだったという事情があります。つまりは、本について話すというのが、対話の大きな部分を占めていたし、それが楽しみだった。昔は娯楽といっても、映画と本ぐらいですから、みんな本を読んでいたわけです。だから本を話題にしてコミュニケーションが成り立つ。そういう情勢のなかで、本を読む人間であるならば一応みんなが読んでいるというような、共通の知的基盤としての教養書目のリストが構成されたわけですが、現在ではそういう共通認識が消滅してしまった。
今では、読書家といった人種自体が非常に少なくなりました。本好きというのはたくさんいますけれど、今ではいずれにしろ、みなさんマニアなのですね。限定された、コアな世界については、あれがいいとか、これがいいというような話はいくらでもできるけれど、その範囲以外については、きわめて茫然とした知識しか持っていないので、一般的なアドバイスはできない、ということになるのでしょう。
ですから、ブックガイドの類が隆盛をきわめているわけですが、事態は、より一層進展しているように見受けられます。たくさん読むのは面倒だ。
二〇〇二年の秋に出版されて、かなり話題になった本に、小熊英二さんの『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社)という本があります。小熊さんは、近代史についての浩瀚(こうかん)な著書を何冊も発表している若手のホープですが、この『〈民主〉と〈愛国〉』について私は、まったく面白いと思いませんでした。代表的戦後知識人十数人の言動を追いながら、そのデモクラシーを、ナショナリズムを追うというものなのです。この本について、同年輩の書き手や編集者と話をしたのですが、誰もが一様に、つまらない、厚いだけだといいました。
挙げられている知識人は、丸山真男や加藤周一、竹内好、江藤淳、吉本隆明といった、戦後知識人論で何度も扱われた、きわめて月並みな顔ぶれでしかないし、書かれていること、引かれている文言も、小熊氏らしく丁寧に大量の引用がされてはいるけれど、目新しいものはほとんどないし、何よりも分析について既視感が非常に強い。
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『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』
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学び闘い抜く人間の「叡智」がここにある。
文藝評論家・福田和也の名エッセイ・批評を初選集
◆第一部「なぜ本を読むのか」
◆第二部「批評とは何か」
◆第三部「乱世を生きる」
総頁832頁の【完全保存版】
◎中瀬ゆかり氏 (新潮社出版部部長)
「刃物のような批評眼、圧死するほどの知の埋蔵量。
彼の登場は文壇的“事件"であり、圧倒的“天才"かつ“天災"であった。
これほどの『知の怪物』に伴走できたことは編集者人生の誉れである。」